10周年記念 | ナノ
05

中学三年生の秋冬。受験生ではあるのだけど、勉強の息抜きも兼ねて、知り合いがいる大学の学園祭にやってきた。

その人と出会ったのは私がまだ小学生の時。現在進行形で引っ込み思案である私から、公園のベンチにいる彼に話しかけたことが切っ掛けだった。同じアニメとゲームが好き。ただそれだけで、ここまで長い付き合いになるとはお互いに思ってもいなかっただろう。ただ、私は、その人と共通の話をしている時、自分の役目を忘れられる気がした。

中学校の文化祭に比べ、大学の学園祭は雰囲気から違う。賑やかな空間に一人でいるのは少し怖い。どこを見ても人、人、人。目が回ってしまいそうだ。少し休憩したい。ずっと立っているのも疲れてきた。でも、テレビか何かで人とはぐれた時は動かず待っている方がいい、と見た記憶がある。姉と幼馴染みには申し訳ないけれど、見つけてもらう他ない。はぐれたのは私だけれど、仕方ない。

ふう、と息を吐いた。

「ねえ、一人? 待ち合わせ?」

誰かに話しかけられて、思わず肩が跳ねる。見ればそこには二人の男性が立っていた。襟足の長い明るい茶色の髪と、耳にはいくつかピアスを着けている。肌は少し焼けていて、整髪料のにおいが鼻に付いた。

「あ……えっと……」

言葉が詰まる。脳内は焦り、心臓はバクバクと動き始める。背中に冷や汗を感じて、喉が渇く。一瞬、役目を忘れてしまった。

男性達はどんどん近付いてきて、誰を待っているのか、どこそこへ行こう等言ってくる。けれど、その言葉のどれもが私の耳から抜けていった。年上の男性は少し怖い。小学生の頃、私にガッカリしたと言った先生は若い見た目をした男性教師だった。そのせいだろうか。或いは、もっと別の何かかもしれないけれど。年上の男性は苦手だ。

「ねえねえ」

手首を掴まれて、振り払おうとする。

「や、やめてください……!」

じわりと涙が浮かぶ。漸く出た私の言葉なんて、男性達は聞く耳持たず。腕を引く力は強くて、私の中には恐怖が埋め尽くす。

怖くてギュっと目を瞑った時だった。強く握られた腕に、その圧迫が無くなったかと思って目を開けた。

「僕の連れに何か用かな?」

目の前には、少しラフな格好をしている、招待してくれた彼がいた。

二人の男性は怯んだ様子を見せると、舌打ちをして逃げるように走って行く。それを意味も無く眺めていれば、私の背を向けていた彼がこちらを向いた。

太陽の陽に照らされて、普段より一層キラキラして見える金色の髪は少し毛先がカールしている。垂れ気味の目は心配の色を浮かべ、こちらを見ている。動きやすくする為か、Tシャツとジーパン姿で、少し新鮮な印象を受けた。

「大丈夫だった?」

「あ、ありがとうございます……!」

少し泣きたくなった。恐怖からの解放から、安心してのことだろう。それをぐっと堪えてお辞儀をする。

「一人じゃないんだよね?」

「はぐれてしまって……」

「そっか。携帯は?」

「それが、持ってくるのを忘れてしまい……」

どうしたものか、と考える彼――マツバさんは少し周りを見渡している。

年上の男性は苦手なのに、好きなキャラクターのおかげだろうか。マツバさんとは普通に話が出来るし、何より私が小学生の頃からの付き合いだ。大した話題でもない私の話を、いつも聞いてくれる人。優しくて、誠実な人。

「あ、あれじゃないかな?」

「あ……」

少し、残念に思ってしまう。どうしてだろうか。姉と幼馴染みと合流できて嬉しいはずなのに。

こちらに駆け寄ってきた二人に、マツバさんが少しだけ説明すると彼はこの場を去ると言う。まだ少し用事があるのだそうだ。それが終われば一緒に校内を見て回ろう、と言ってくれた。その時は、マツバさんの友人も一緒に連れてくるらしく、一瞬緊張してしまう。

「それじゃあ、三十分後くらいにここで待ち合わせにしようか」

「はい。あの、本当にありがとうございました」

「今度は変な人に捕まらないようにね」

にこり、と笑うマツバさんは素敵だ。来年には高校生になる私だけど、初めて会った時の彼程大人ではないだろう。もう少し大人であれば、横に並んでも違和感が無いだろうに。



出店は勿論、校内にもいくつかお店がある。そして何より、ゲストを呼んでのトークショーや、生徒によりバンド演奏等が行われるステージは人気のようでその周辺は人がいっぱいだった。真面目そうな中学生か高校生くらいの女の子が、軟派そうな男性に絡まれていたのを見かけた時は助けるべきかと思ったけれど、親しげに話していたからきっと大丈夫なのだと思うことにした。絶対に絡まれているとは限らないのだから。

あれから三十分後、元の位置に戻った私達はマツバさんが来るのを待っている。賑やかな校内は色んな人が行き交っていて、見ているだけで目が回りそうだ。思わず口を開けていたらしく、姉に注意されてしまった。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

人を掻き分けながらやってきた金色の髪を持つ彼――マツバさんは申し訳なさそうに眉を下げて苦笑を浮かべていた。

「いいえ。私達が案内を頼んでしまったので」

そう言ったら、一瞬目を丸くして、その後はふわりと笑う。

「僕が誘ったんだ。だから気にしないで?」

「は、はい」

どうしてだろう……頭の中で一瞬、先程の光景を思い出してしまった。私の顔を覗き込む仕草や、柔らかく笑う顔、太陽の光を浴びてキラキラ光る髪――マツバさんの全てに、一挙一動に、心臓が跳ね上がる。

「ああ、そうだ。紹介しなくちゃね」

そう言ったマツバさんは、後ろにいる男性を紹介してくれた。マツバさんとは幼い頃からの知り合いらしい。軽い自己紹介の最中、好きなキャラクターに私達が大好きなゲームのキャラクターの一匹を教えてくれて、それだけで私の中で彼の知り合いはいい人だと言う位置付けになった、我ながら単純だと思うけれど。

「ステージの方には行った?」

「軽く前を通っただけですね。中には入ってないです」

「そっか。僕らの友人が二人程、奏者として出るんだ。良ければ行かないかい?」

ライブ、とやらに行ったことのない私は、戸惑いながらも頷く。今の演目はバンド演奏の時間帯らしく、数曲披露しては次のバンドに交代するのだと言う。マツバさんの言うご友人達は今から向かえば十分間に合う時間に出るそうで、人と人の合間を抜けるように歩いてステージまで移動した。途中、マツバさんやご友人が食べ物と飲み物を買っていたけれど、ステージに入る前には食べ終わっていて驚いたものだ。行動が素早くてついて行くのがやっとだった。

ステージはやはりその周辺の人混みが凄まじく、私達の後ろにもすぐさま人が並んでしまい、出るに出られない状況となってしまった。全員横に並んでいたから幸い、はぐれることはなかったけれど。

秋晴れの空の下、スピーカーから聞こえるギターやベースの音、ボーカルの人の歌声、体に響くようなドラムの音は今まで感じたことの無い、高揚感に近いものを覚えた。全く知らない音楽なのに、妙に体が動きたくなる。他の人が腕を振り上げ、体を揺らしている気持ちが少し分かったような気がした。途中、知り合いが出てきて驚いたけれど。私はバンドのコーナーが終わるまで夢中になってステージを見ていた。

全てのバンドが演奏を終え、ステージの上は次の演目の為にセッティングを行う。集まっていた人々は、留まり続ける人もいれば、動き出す人もいた。後ろから熱気が無くなり、背中にスッと冷たい風が当たる。少しぼーっとしていれば、動き出した人波に流されていた。

「え……あっ……」

姉と幼馴染みに手を伸ばすけれど、それは空を切って彼らには届かず。どうしよう……これ以上はぐれて迷惑をかけるわけにはいかないのに……。未だ伸ばされた手に当たるのは少し冷たい風だけで、私の声も他の人の声に掻き消されてしまう。ああ、本当に私って人は……情けない……いよいよ泣きそうになってきた……。

「ユキカちゃん!」

聞こえた声にハッとする。次の瞬間、手には温かい、けれど少し骨ばった感触が当たった。それが握られると力強く引き寄せられ、その後視界に入ってくるのは少し焦った様子のマツバさん。

「大丈夫?」

先程と同じ言葉に頷くだけで、何も言えなかった。ただ、とても吃驚していて、なんで、どうしてと脳内で繰り返した。

「よかった。もうはぐれないようにね?」

ふわりと笑うマツバさんに心臓が跳ねる。手に感じる熱が自分のものなのか、彼のものなのか分からない。まるで離さないと言われているかのように力強く握られていて、心臓がばくばくと動いている。マツバさんに引っ張られる形で歩き出して、まだステージの近くにいた皆と合流したら、少し寂しく感じてしまった。

「もう! あれだけはぐれないように言っていたのに!」

「大丈夫だったか?」

「ごめんなさい……」

姉と幼馴染み二人に言われてしまい、自分の不甲斐無さを痛感する。でも、頭の中でチラつくのは、マツバさんに助けられた二回の場面で――何故か熱くなっていく頬に、冷たい風が心地良かった。


2016.08.31

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