10周年記念 | ナノ
03

大学も二年目になり慣れ始めた頃。その日はとても暑い日だった。大学生は夏休みに入るのが中高生に比べて遅く、しかしその分九月にもまだ休みがある。丁度その日は、彼女も休みで僕も休みの八月だった。

高校生の頃にも思ったが、公園の遊具はもう小さく感じてしまう。暑さに負けず遊ぶ子供達を軽く眺めてから、丁度少し木陰になっているベンチに座って少しした時、隣に誰かが座ってきた。あれ、この感じ、デジャブ?

見れば中学生くらいの男の子。自販機で買った飲み物をゴクゴクと飲んでいる。結露したペットボトルから雫が滴り、地面を濡らした。

「マツバさんってあなたですか?」

あれ、これもデジャブ。

彼から詳しい話を聞く前に、僕も飲み物を自販機で買った。流石に喉がカラカラだ。冷たい緑茶が体中に染み渡るような気がした。そして一つ息を吐いて、彼に話を聞く。

どうやら彼は彼女と幼馴染みらしい。小学生の頃、ここで彼女と僕が話しているのを見かけたことがあるのだが、その時は声をかけることも無く素通りしてしまったんだとか。そして、最近彼女の双子の姉に話を聞いて、今日ここで会う約束があること知ると僕を一目見る為に来たようだった。

双子の姉程敵意は見られないが、そもそも高校生の時に小学生のあの子と接触している僕を警戒しないわけがない。じっくり僕を見ているのが分かる。

「あ、それあのゲームのストラップ?」

そして、彼もまたこのストラップで食いついた。僕のポケットに入れていた携帯電話に着けているストラップ。今じゃ二つ分になっているそれは、ポケットに入りきらず出てしまっている。

「うおお! 見た事ないデザインだ! どこで買ったんです!?」

彼女同様に食いつくあたり、彼女の友人なんだなあ、と思ってしまう。家が隣であることや、保育園の頃からの幼馴染みだと言うことは聞けた。そして彼は満足したのか、「それじゃあ」と言って帰ってしまった。僕を見に来たのだろうが、それでいいのか謎に思う。そして彼と入れ違いで彼女はやってきた。

日焼け止めは塗っているのだろうが、惜しむことなく晒された肩から腕。帽子は被っているが日傘は一切持っていない。中学生になって背も伸び、ますます大人っぽくなった彼女は僕を見るなり微笑んで近付いてくる。この彼女に、先程までいた彼の話はしないでおこう。僕は彼らより大人だけど、だからこそ狡い人間なんだ。

「お待たせしました……!」

「いや。それにしても、肌、大丈夫?」

「日焼け止め塗っているので大丈夫です!」

自信満々に言ってから僕の隣に座った彼女は、鞄の中に入れていた飲み物を取り出して飲む。水筒に入っているのはスポーツドリンク。彼女と会うのも両手では数えきれない程となり、数えるのもやめたのはもう随分と前のことだ。雨の日は会わないが、晴れた日はお互いの時間が合えば会うようにしていた。

彼女にしてみれば特に理由なんて無いのだろう。同じゲームを好きだったから。ただそれだけだ。では、僕はどうだろうか。小学生の頃の彼女に、そういった嗜好はないと断言できるが……今の彼女を見ても同じことが言えるかどうか……。そういった嗜好が無い事は今でも断言できる。しかし、僕が彼女に惹かれている事実は覆すことなど出来やしない。ちょっと公園で話すくらいの人と、連絡先を交換して約束してまで会うなんて、普通ではあり得ないだろう。


「映画ですか?」

以前から考えていて、今日思い切って彼女を映画に誘った。と言っても、共通のゲームの映画だ。もしかしたらもう見に行ったかもしれないと思ったが、彼女は目を輝かせる。

「あ、でもいいんでしょうか? 大学生って忙しいんじゃ……」

「僕はアルバイトのシフト少ないし、大丈夫だよ。まあ、来年とか再来年は分からないけど」

「映画館は三つ先の駅のところですよね?」

「そうだね。一番近いところだし。ユキカちゃんが嫌でなければ、どうかな?」

彼女は少し考えてから、僕の目を見て「はい! お願いします!」と言った。八月中に予定を組んでしまえばこちらのものだ。

彼女も僕も、人が賑わう場所はあまり好まない。一年前の夏休みの時期にも、お祭りは行くのかと問うてみれば苦手なので行かないのだと言っていた。行っても、出入り口付近のお店でいくつか食べ物を買って、家に帰ってから食べるのだそうだ。それなら行っても行かなくても同じだろう、と行く機会は減っていったのだと言う。夏祭りの時でさえ彼女の両親は忙しいらしく、朝はゆっくりだが夜は遅い。夕食はいつも彼女や彼女の双子の姉が作るのだ。休みの日は昼食も。

「私、家族以外の人と映画に行くの、初めてなんです」

本当に、心の底から嬉しそうに目を細めて笑うから、心臓が強く跳ねてしまった。急くようにばくばくと動く心臓が、どういう意味を持っているのか。気付きたくない。自覚したくない。

「どうかしましたか?」

彼女の声にハッと我に返る。それに笑って「何でもないよ」と答えた。こういう時、愛想笑いやら作り笑顔やらを覚えておいてよかったと思ってしまう。相手に自分の心を知られず、本心を隠してただただ笑う――あまり気分のいいことではないけれど、この世をうまく生きていく為には必要なことなのだと、この歳になってみればよく分かる。

「ああ、そう言えば。夏休みの宿題はちゃんとやってる?」

「半分以上は終わってますよ。あと少しで終わります」

「それなら気兼ねなく遊べるね」

前々から、彼女はきちんと宿題を熟し、その上で僕との時間も作っているのだから、つくづく疑問に思う。ただ好きなゲームが同じだったから、とは言え、こうも長い付き合いをすることになるとは到底思えないし、彼女から見て僕はそれ程の価値があるようには思えない。彼女は自分の家のこと、特に大好きな家族についてはよく話してくれるが、僕は一切家のことも家族のことも話したことはなかった。だから、僕の家関係で僕とこうして会っているわけではないだろう。聞いたところ、極一般的な家庭のようだし。だから、不思議なんだ。どうして僕とこうして話をするのか。

自分の手でパタパタと扇いで僅かな風を送る彼女を見て、アイスでも食べに行こうかと提案する。すぐ近くのコンビニへ行こうとベンチから立ち上がれば、サアッと風が吹いた。この時期の風は熱風だが、木陰にいると少し涼しく感じる。


「ユキカちゃんは何味が好き?」

「そうですね……色んな味を食べますよ。限定フレーバーとか、季節ものとか、新フレーバーとかは一通り」

「一通り?」

「はい。甘いもの好きなので。あ、でも定番と言うのであれば……そうですね。夏ならやっぱりさっぱりする柑橘類の味か、少し苦味のある抹茶味……あと、ミルク味も好きです。でもやっぱり、オールシーズンいけるのはバニラですよね」

「ああ、そうだね」

涼しい店内でアイスコーナーを見ながら言う彼女の目は輝いている。アイスについてここまで語られるとは思わず、無難な返事しか出来なかった。そんな僕はコーヒー味のアイスを手に取る。すると彼女も選び終えたのか、一つ手に取って二人でレジへ進んだ。

流石に、僕が支払うとは言えず、各々で支払いと言う形になったのはとても癪だが。コンビニを出て袋を開けてアイスを食べ始めると口の中に冷たくて甘いそれが広がっていく。僕のコーヒー味は勿論少し苦味のある味だ。とは言っても、砂糖とミルクの入った缶コーヒーのような味わいとでも言えばいいのか、十分甘い。

見れば彼女は、夏みかんとミルクの合わさったアイスクリームを食べていた。冷たい、おいしい、と幸せそうに食べる彼女は本当に甘いものが好きなのだろう。今までと比べ物にならないくらいの笑顔で食べていた。

外は炎天下。風は殆ど無い。時々吹いたかと思えば一瞬にして消える。僕らはそんな中、お互いの家路を辿るように歩いた。中間地点はいつもの公園だ。


2016.08.05

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