10周年記念 | ナノ
02

前からよく、私達姉妹は比べられた。それは、似ていない双子だからか、或いは親が優秀だったからか。父の姉だか母の妹だか知らないが、人の家庭に土足で踏み込み荒らした挙句、自分を正当化しないでほしい。あの人達のせいで、あの子は無理して笑うことが多くなった。

私達への期待は生まれた時からあったと言う。父の母――つまり私達にとっての祖母は、とても優しく柔らかい笑顔をする人だった。私の妹は祖母によく似ている、と親戚や親によく言われたものだ。対して私は目付きが鋭く、愛想も無い。母方の祖父にそっくりだと言われたことがある。父方の祖母と母方の祖父……どちらとも親しいが、父方の祖母は共に住んでいた時期もあって特に親しかったと思う。あの人は、父と母が結婚するまで一切関係なかった人とそっくりな私でも、可愛い可愛いと言って頭を撫でてくれる……そんな人だった。

祖母が亡くなり、悲しみに打ちひしがれる間も無く父方の伯母とのいざこざから、私の妹は作り笑顔を覚えた。伯母の言葉にはい、はいと笑顔で答え、伯母が帰っていくまで家でくつろぐことすら出来なかった。私がこっそり部屋に戻らせて休憩させたが、伯母はすぐに妹を呼んでは祖母のような人になりなさいと言った。祖母がどんな人だったか、祖母がどれ程苦労していたか、どれ程慈愛に満ちていたか。言われなくても私達は知っている。伯母の言葉はいつも同じことを繰り返し、ただ似ていると言うだけで妹をその言葉で縛り付けようとした。祖母は優秀な人だったから、似ている妹ならば同じ道を歩めるのだろうと思ったのだろう。親でもないくせに、勝手なことを言う人だ。流石に親もどうかと思ったのか、共働きで家を空けることの多い親だが、伯母には自分たちが留守中訪ねるような真似はしないでくれと言っていた。

これでようやく、妹は解放される。作り笑顔も必要ない。妹はいつもの、心からの笑顔が一番可愛いのだから。作り笑顔なんて忘れてしまえばいい。無理して笑わなくていい。ただ、笑いたい時に思いきり笑えばいいのだから。

しかしなぜだろう。少し経っても、もう少し経っても、月日が流れても妹は作り笑顔を忘れることはなかった。小学校が中学年の頃になっても、先生との受け答えや商店街の人達との会話の中で、作り笑顔をすることが増えてしまった。

伯母の言葉の鎖は思ったよりも強固だったのだ。ただ、会わないだけでは解くことすら出来なかった。妹の立ち居振る舞いが祖母を思い起こさせるようになるまで、そう時間はかからなかっただろう。小学生の私達は、まだ知らないことが多すぎる。話し方だって、どんなに大人びても幼さは抜けない。

祖母の三回忌、親戚との集まりで妹は、大きくなったねと言う言葉の次に祖母に似てきたねと言う言葉を貰っていた。伯母の顔を見れば満足気に笑っている。この人は一体何なのか、私には分からなかった。親でも、祖母でも無い。単なる父の姉と言う存在だ。私達とはそれ程深い関係など無い。それなのに、私の妹の純粋な笑顔さえ奪っておいて、どうしてそんな笑っていられるのだろう。



暑さの残る九月末。隣家から金木犀の香りが漂ってくると、途端に秋を感じ始める季節。来年は小学生最後。再来年には中学に上がる。地元の中学校だ。制服の色合いは少し微妙で、作りもダサいとファッション雑誌を読むと言う同級生の女子が言っていた。

午後五時を回ろうかと言う頃、妹は帰ってきた。確かノートと消しゴムを買いに行ったはずなのに、随分と遅い帰宅だ。リビングに入ってきた妹におかえりと言えば、妹はただいまと返してくる。

「遅かったね」

「うん。ごめんね」

「何かあったの?」

事故では無い。それは今ここに妹がいることで証明されている。妹は、愛想は良いし明るい子だからよく話すクラスメイトはいるが友人と呼べる人は隣の家の幼馴染みくらいだろう。彼と会って話し込んだ、と言うことも無いはずだ。何せ、家が隣なのだからどちらかの家に行けばいいし、それなら一声かけていくはず。では、一体何があったのか。

「うん……あのね、公園にあのゲームのキャラクターがついたストラップをつけている人がいたの」

嬉しそうに話し始めた妹の顔は、頬が赤く染まり、窓の外から見える空と少し似ていた。

「もしかして、話しかけたの?」

そんな、誰かも分からない人に?

昔から危機感に疎い子だと思ってはいたけれど、まさかそんな危険なことをしているなんて。もし変な人で、変態だったらどうするんだろう。今日も父と母は帰りが遅いと言うのに。今は妹がここにいるから良いものの、何かあってからでは遅い。

「思わず……でも、いい人だったよ? デンジさんとオーバさんと同じ制服着てたし、高校生だと思うんだけど……私のくだらないお話に付き合わせちゃって申し訳なかったかな?」

そう、少しずれたことを言う妹に、そうじゃなくて、と言いそうになって飲み込んだ。妹が笑っているのだ。楽しそうに、嬉しそうに。作り笑顔じゃない。無理しているわけでも無い。今までも心からの笑顔はしていたし、常に無理をしているわけでもなかったけれど、こんなに楽しそうにしているのはいつ振りだろうか。

ほんの少し、嫉妬してしまう自分がいて、私は思わず奥歯を噛み締めた。



本日の天気は雨。あれから妹はよく公園へ遊びに行った。一人では外へ遊びに行かないあの子が、私は行かないと言えばじゃあ自分もと言っていたあの子が、自ら進んで外へ出る。腹の奥がぐるぐるする感じ。心の底から喜べない自分に嫌悪していた。なので、今日は好機。雨の日ならばあの子も公園へは行くまい。そして私は妹より先に家を出て、公園付近から妹に教えてもらった方向へ歩いた。すると目の前からそれらしき高校生を発見する。

暫く観察して、妹から教わった特徴と一致したところで声をかけた。

私が名前も名乗らず、けれど身分だけ話せば相手は驚いていた。それはそうだろう。そもそも、小学生から声をかけられることなんて殆どないはずだ。ましてや、最近仲良くしている小学生の姉とくれば驚くのも無理はない。それに何より、私とあの子は似ていない。

妹が頻繁に公園へ出掛けること、それがあなたと会う為だと言うこと。そう話せば、明らかに「まずい」と言った表情をした。私はそれに、彼がやましい気持ちを抱いているのだと確信した。元々、大人が子どもに手を出してはいけないのだ。本やテレビの受け売りだけど。

もう、二度とあの子に近付いて欲しくない。そこにやましい気持ちがあっても無くても。これが私の、自分勝手な感情による行動だって自分でも理解できるけれど。信用ならない知らない人と仲良くしているだなんて、心配するなと言う方が無理な話だ。

言いたいことだけを伝えて、私は元来た道を歩く。学校と正反対だったが、思ったより早く出会えてよかった。この雨の中、この辺りをウロウロする覚悟もしていたくらいだ。デンジさん達と同じ高校ならきっと通るだろうと思っていたし、もっと早い、或いは遅い通学だった場合は諦めていたところだけれど。そう思うと、私の運は思ったより悪くないのかもしれない。



あの雨の日、妹は家にいた。この雨だし外に出ることはないと思ってはいたけれど。まさかもうあの人と接触してもう二度と会わない、なんて話をしたわけでもあるまい。そもそも、あの人がこの子と再び会うかも分からないのだし。このまま、忘れてしまえばいい。

雨は何日か続いた。まるでゲームの雨乞いのようだと言ったのは妹だった。ゲームは五ターンで終了するでしょう、と言えば、そうだねと言って笑う。そして窓の外を見て、少し寂しそうな表情をしていた。

胸の奥がズキン、と痛む。勝手なことをした自覚はある。でも、今は雨だから控えているだけで、寂しい顔をするのもそのせいだ。でも、雨が上がってしまえば、その寂しい顔は私がさせたことになる。作り笑顔も忘れるかもしれない。無理をすることも無くなるかもしれない。でも、もしもう笑うことが無かったら……考えただけでゾッとした。

何日かの雨が終わり、秋晴れとなった空模様に安心したのはあれから四日程経った頃で、その日妹は私に言った。

「一緒に公園、行こうよ」

きっとあの人とお話したら、楽しいよ。そう言って笑う妹が、どれ程眩しいか。私は思わず泣いていた。それに驚いた妹が、どこか怪我でもしたのかと聞いてきたけれど、嗚咽を洩らして泣くばかりの私にただ背中をさすってくれた。

ああ、私は寂しかったんだ。晴れた日に、あの子が一人で飛び出して公園へ行ってしまうのが。買い物へ行く日はそんなこと無かったけれど、時間がある時はいつもだ。一人、家に残されて、静かな広い空間に怖かった。

私がいなければ何も出来ないと思っていた妹。でも、きっと私の方が、妹がいなければ何も出来なかった。

私は何とか涙を止めて、まだ少し赤い目のまま妹と一緒に公園へ行った。「今日はやめる?」と言った妹に首を振って、ただ「ごめん。行く」とだけ言った。

不思議なことに、その日の公園に彼はいた。まだ少しベンチが濡れていて座ってはいなかったけれど。私達を見つけてまず、あの人は驚いた表情をして、それからにこりと笑った。

「紹介しますね。私の双子の姉です」

「……エミカです」

少し不服だった。あんなことを言った自分に笑顔を向けるこの人のことが。そして、何も疑わずにこの人へ笑顔を向ける妹が。でも、ずっと私の手を離さずにいてくれた妹の為に、あの日名乗ることのなかった名前を口にする。そして、続けて「ごめんなさい」と言った。妹はきょとん、とした顔をしていた。でも彼は笑って、「そっか。うん」と言った。


* * *


「帰りに寄るの?」

「うん。入学祝にお祖父ちゃんが携帯買ってくれたでしょ? 良かったらアドレスとか、番号とか交換したいなあって」

「そう」

妹の携帯電話のアドレス帳に真っ先に登録したのは私や父と母の番号やアドレスだ。次いで母方の祖父母の家の番号。あの男はどう足掻いても一番にはなれない。ざまあみろ、と心の中で悪態をつきながら真新しい制服を着て全身鏡で確認する。

「まあ、今まで約束も無く、連絡先も交換していなかったしね。よく一年と半年程も関係が続いたものだわ」

「私も不思議。でも、どうしてだろうね。マツバさんと話すと、なんか楽しいんだ」

あの男の話をする時、妹の表情は恋する乙女のそれだ。それを自覚しているのかしていないのか、私には判断つかないけれど。

「マツバさんも大学生になるって言ってたし、これから少しは会えなくなるかもしれないって」

「私にはあんまり関係ないわ」

「エミカ、六年になってからあまり来なかったもんね」

それは、あまり家を空けるのも不安だったから。と言うのもあるけれど、あの男と長時間話すことも無いと言うのが一番の理由だろうか。妹程、彼に興味を抱いていない。

「じゃあ、行こうか」

「ええ」

玄関を開けて、どこからか桜のにおいが風から運ばれてくるのを感じながら、まだ家の中にいる両親に行ってきますと言った。


2016.07.26

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