10周年記念 | ナノ
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結局、彼女は母が所持していた浴衣をタンスから出す。いくつかの柄があり、自分に似合うものの見当もつかないが必死に悩んで選んだ。着付けは出来るが、髪の結い方は分からない。適当なお団子にヘアピンで整えて、浴衣を着た。巾着も母のものを拝借し、仏壇で手を合わせる。心の中で浴衣と巾着、そして草履を借りることを伝え、玄関に向かった。

陽が傾き始め、空は橙色に染まっている。玄関まで見送りに来た妹達に火や戸締り等気を付けるように言ってから外に出ると、門の前には既に彼が待っていた。

「わざわざ迎えに来てくれたの?」

驚いて問うと、彼も少し驚きながら頷く。

「まあ、道中……だしな」

「そりゃそうだけど。なに? 随分と驚いて」

「いや、浴衣なんだと思って……」

「ああ。母がね、着物とか浴衣とか好きで、小さい時はいつか私に着せるんだって言ってたから、今回借りたの」

「へえ……」

「自分に似合う柄なんて分からないから適当に選んだんだけど……あんまり似合わないでしょ?」

「いや、すげえ似合ってる」

彼の真剣な声音に彼女の心臓は跳ねる。それに戸惑いながらも、横に並んで祭り会場へ向かった。



薄暗くなってきた頃、祭り囃子が聞こえて提灯の明かりが見えてくれば一気にお祭りの空気が流れてくる。出店に多い鉄板が焼ける音や匂いが漂い、がやがやと参加者達の騒がしい声に心が躍るような感覚を覚え、彼女は目を輝かせた。

「お祭りなんて久し振り」

「俺はここの祭りに来るのは初めてだな」

「そうなの?」

「去年は行かなかったし、その前はこの辺に住んでなかったし」

「あ、そうか。じゃあ美味しい出店を教えてあげる」

必ず一つおまけしてくれるたこ焼き屋、フルーツを多くしてくれるクレープ屋、撃ち落とせる確率は低いが憎めない店主の射的。懐かしい店もあれば、新しい店もある。彼に紹介しながらも、彼女自身が楽しんでいた。

フライドポテトを食べながら歩く。普段、なかなか食べ歩きをしない彼女は人にぶつからないよう控えめに食べ歩くので、彼が彼女の前に立って歩きやすいようにしていた。それに気付いて、彼を呼び止める。振り返った彼にポテトを差し出せば、一瞬固まった彼は口を開けて噛り付いた。彼女の手からポテトが離れるのを確認して頭を引く。

「ありがとう」

その彼女の言葉がどういう意味でのものなのか、彼は分かってはいるものの分からないふりをした。

「ん、何のことか分かんねえけど」

「ていうか、普通に人の手から食べるのね」

「普通に吃驚したけどな。次、何か食べたいものあるか?」

「んー……あの、カリカリチーズ? ってやつが気になる。あんなの見たことない」

「最近増えたよな」

そう言って彼は手早く購入し、彼女に手渡す。

「え、いや、お金」

「いいよ」

「なんで。私が気になるって言ったのに。破天荒が買う必要ないじゃない」

「好きな女に奢ることくらいさせてくれ」

「……ほんとう、そういうのさあ……ずるい」

視線を逸らし、俯いて小さな声で言う。彼女の頬が赤いのは体の内側から放つ熱からか、それとも提灯の明かりからか。彼には判断つかなかったが、彼女が今とても可愛い顔をしていることだけは分かった。周りが騒音なわりに、彼らの空間だけは静かだ。

「いや……お前のその顔の方がずりいわ」

このままでは埒が明かない。そう思って彼は彼女に背を向けるとそのまま話し出す。

「とりあえず、適当に買ってどっかで食うか」

「……うん」



騒々しい祭り会場から少し離れた公園へやってきた二人は、ガサゴソと購入した出店の商品を取り出し、分け合う。先程食べていたフライドポテトやカリカリチーズスティックは既に完食しており、今回買ってきたのは焼き鳥、今川焼、焼きトウモロコシ、広島焼きだ。途中のコンビニで買った飲み物を開けて乾いた喉に流し込む。

「見事に焼いた食べ物ばっか」

「しかもお前がチョイスしたの、焼き鳥と焼きトウモロコシって」

「食べたかった」

「女子力の欠片も無いな、と」

「うるさい。正直、あんたが今川焼を選んだことに驚きだわ」

「急に餡子が食べたくなる時、あるだろ」

「ちょっと分かる」

少し冷めた広島焼きや焼き鳥を食べていく。焼きトウモロコシは無理に半分に折ってそれぞれの陣地に置いている。今川焼は違う中身のものを買っているので後で半分にして分け合う予定だ。そんな二人は、傍から見れば完全に恋人同士のようだった。

さらり、と彼女の頬に纏めていた髪が一房落ちる。

「あ」

「俺が結ってやろうか」

「は? 出来るの?」

「なめんなよ」

「いや、なめてはないけど。え?」

食べ終わったらしい彼がベンチの裏にまわって彼女の髪を一度解く。長い髪が跡も残さず真っ直ぐ下りてくる。

「破天荒がそんなに器用だなんて知らなかった」

あっと言う間に纏められて鏡で確認するよう促される。巾着から取り出した鏡を開けば、自分で結った時のものとは全く違うお団子がそこにはあった。少し緩く結われているので崩れそうではあるが、自分では出来ないそれに思わず口を開けて驚く。

「お前の髪、本当に綺麗だよな」

「えっ」

元の位置に戻ってきた彼は自分の今川焼を半分に割っていた。隣に座る彼女も中身がカスタードクリームの今川焼を半分にしていた。生温かいが、食べるには問題ない。片方ずつ交換して、好きな方から食べていく。彼は「うまい」と一言。彼女は「ん」と返す。

ここまでの工程で、彼女は彼の方を向いていない。街灯が離れているせいか、ベンチ周辺は少し暗いのが彼女にとって救いだった。

彼女は女子高生の平均身長を上回る。働き者で勤勉。家が道場なので運動もする。故に、元々よく食べる方だった。しかし、貧乏と言う現実から彼女は節制しなくてはならない。お金を切り詰めて切り詰めて、自分よりも食べる父親の食料を確保していた。こうして分け合いながらとは言え、今の彼女は久しぶりの満腹感と満足感に浸っている……はずだった。

胸がいっぱいでご飯も喉を通らない、と言うシーンを少女漫画で見たことがある、なんてふと彼女の脳内を過る。先程からあまり進んでいない今川焼は真ん中の餡子がこちらを覗いており、非常に美味しそうではあるのだが、彼女は食べられなかった。心臓が忙しなく動いていて、食べ物を詰め込んでしまえば止まってしまうのではないかと思えてしまうから。

彼が「どうした?」と問えば、我に返って今川焼を食べ勧める。コンビニで買ったお茶で流し込みながら、何とか完食すれば満腹感は得られた。しかし、彼女の状態は変わらなかった。


2016.10.22

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