07
当然ながら、彼と彼女はデートをする約束などしていない。彼女は図書館で勉強するつもりだったし、彼と会う約束すらしていなかった。しかし、だからと言って関吉と一緒に行う予定も無い。彼女の頭の中は真っ白になって、何も考えられなかった。
「何で君が……」
「家、近いんだよ。一番近いコンビニに行く時、ここの家の前をよく通る」
「……知らなかった」
「でも、偶然コンビニに寄っていた破天荒君とスイレンさんがデートだなんて、到底思えないけどな?」
「疑うって言うなら構わねえよ。ただ、バイトの助っ人にも来てもらったし、放課後時間が合えばよく話す程度には仲が良いけど、それでもあり得ないって言えるか?」
くっ……と言葉を詰まらせて彼を睨みつける。その間に彼は門を開けて敷地内に入ってしまった。彼女は特に文句を言うことも出来ず、その様子を眺めている。彼は手早くアイスを食べ終えてゴミを袋に突っ込んだ。
「確かに、二人は仲が良いのかもしれない。でも、デートする仲とは限らないじゃないか!」
「別に、カップルじゃなくてもデートはするだろ?」
「はあ!?」
「俺ら、この間花火大会見に行ったしな。そうだろ?」
唐突に話を振られ、驚きながらもコクコクと頷く。彼の言っていることは間違っていない。アルバイトの助っ人の件も話をすることも、この間花火大会に行ったことも事実だ。彼の家が自分の家と近いことは知っていたが、コンビニに行く際通ることは初めて知った。しかしこの状況を乗り切ることが出来るなら、今はただ、彼の言葉の流れに身を任せてみようと思えた。
「大体お前、ストーカーとかやめろよな」
「は?」
「何を……」
はあ、と溜息を吐く彼に、予期せぬ言葉が放たれて驚く彼女。そして動揺を見せる関吉。
「この間の補講の後、尾行してただろ。家近いからな。おかしいなとは思ったんだが、ここをスルーして行っちまったから気のせいかと思った。あれは敢えて通り過ぎたんだな」
「偶然だろう?」
「お前の家、校門出たらこっちと真逆じゃねえかよ」
「ストーカー……?」
彼女はもう訳が分からなかった。この空間において、彼女は関係者でありながら彼らの間に割って入ることも出来ない。彼が門の中に入ってきたのは物理的に関吉と相対する為、そして彼女を守る為だが、それにしてもこの状況は些か特殊だろう。目の前の男二人の言い合い、ストーカー、尾行、それら全てが脳内でぐるぐると回る。
「俺は! ただスイレンさんが好きで! それだけだ!」
「だからと言ってストーカーするのはおかしいだろ」
「ストーカーじゃない!」
「じゃあ、ミニポーチの件は何だ?」
「えっ」
「あれ、お前が盗んだんだろ? だっておかしいもんな。普通、教師や生徒会に落とし物として届けて終わりのはずだ。それをいつまでも持っていて、挙句持ち主を特定するなんて出来るはずねえだろ」
彼の言葉に思考が停止するような感覚を覚える。確かに関吉のことは怪しいと思っていた彼女だが、その後一切接触はしなかったし、自力で解明しようなどと思っていなかったのだ。それが、
まさか彼がそんなに考えていたとは思うまい。
「あれは……、」
関吉が言い訳を口にしようとした時だった。脳内がキャパオーバーした彼女はふらつき、ドサッとその場に倒れる。天気のいい日に帽子も被らず外に出て、突然暴かれる真実について行けず、彼女は熱を出した。
彼女が目を覚ました時、そこは自分の部屋だった。畳んでしまったはずの布団に入っている自分に不思議に思うことも無く、ただぼーっと天井を見つめる。ここが自分の部屋であると理解したのもカーテンの色からだった。
ノックも無しに扉が開かれ、視線だけを向ければ長い脚が目に入る。
「起きたか?」
「……なぜ」
「お前、熱出したんだぞ。とにかく水分補給しろ。あとこれ、冷却シートな」
渡されたスポーツドリンクを飲む為、一度起き上がる。ゴクゴクと飲めば乾いた喉が潤い、冷えたそれが心地良い。
「いや、待って。何で破天荒がここにいるの」
「覚えてないのか?」
「関吉がいたことだけは覚えている」
「あいつと俺が話している最中に倒れたんだ。夏風邪かもしんねえけど、多分知恵熱だろう」
「マジか」
「まあ、お前にとっては一気に色んなことを脳内に詰め込まれた気分だったんだろうな」
ペットボトルを暫く見つめてから、彼女は再び口を開く。
「関吉は?」
「帰らせた」
「……あのさ、関吉がなんか言ってなかった? 私がどうのこうのって」
ちょっとした確認のつもりで問う。しかし、彼の口から出たのは、そうでなければいいと思っていた言葉だった。関吉の彼女に対する感情は、彼女が薄ら記憶していたそれと同じだ。
「で、どうすんだよ」
「……どうするって」
「あいつ、何としてでもお前と付き合いたいみたいだけど」
「そんなこと言われても……」
彼としては、断ることが当然だと思っている。自分の告白を抜きにしても、関吉がやったことは犯罪でもあるし、そんなことで気を引けると思っている時点で相当危ない思考をしているだろう。ただ、断るも受け入れるも彼女の自由だ。彼には彼女が関吉をそういう対象として見ているようには思えないが、まさかの事態も有り得る。
「円満解決する方法はないのだろうか……私が断った上で関吉も傷付かない方法は……」
「何で今更相手が傷付く云々考えるかねえ……」
呆れた、と言わんばかりの溜息を吐く。
「これで思いっきり傷付けたら何されるか分かったもんじゃないわ。私はただ、平和に生きていたいだけなのに」
「まあ、その方法ってのが見つかるまで考えるこったな」
「他人事だと思って……」
「他人事じゃねえよ。こっちはあいつより先に告白して、返事を待っている最中なんだぜ? 腹立つに決まってんだろうが」
「スミマセン」
「とりあえず今は熱が下がるまで寝てろ。一応お前の妹共に言っておくから。俺は帰る」
改めて彼女を寝かしてから立ち上がる。すると彼女は彼のズボンの裾を掴んだ。
「え、帰るの……?」
「そりゃあ……」
「そう……」
しゅん、と見るからに落ち込んだ様子で布団を口元まで被る。
「可愛すぎか!」
「は!?」
「お前、いい加減にしろよ!? 可愛すぎんだよ! 気を持たせやがって! 俺は! 帰るからな!」
「あ、はい」
彼女がただそうとしか言えなかった。
2016.09.21
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