10周年記念 | ナノ
06

朝六時。まだ少し暑さも弱い頃、布団から起き上がり部屋を出る。既に日は昇ってきており、居間のカーテンを開ければ眩しい日差しが入り込んでくる。まだ眠い目が開いていくと、次にするのは洗顔と着替え。

軽く髪を纏め、顔を洗う。洗面台の水が生暖かく、夏らしさを感じながら洗顔を済ませ、自分の部屋で寝間着を脱いで適当なTシャツを着てショートパンツを穿いた。そして居間と繋がるダイニングまで行くと椅子に掛けておいたエプロンを着けて、冷蔵庫の中身を確認する。

先日の残りのカレーが少しタッパーに入っているのを確認して、冷凍保存しているご飯を電子レンジで温めた。その間に玉ねぎとピーマンを切って、ベーコンも切っておく。卵は五人で三つ。それらをボウルに割って入れて、溶きほぐす。カレーに麺つゆを入れて少し緩くしておく。大き目のフライパンにごま油をひいて熱し、先程切った具材を炒めていった。

ごま油の香りにお腹を空かせながら、温めたご飯を入れて炒めて、塩コショウをしてから更に炒める。そしてご飯を片側に寄せ、空いたスペースにカレーを流し入れて、少し水気を飛ばしてからご飯と絡めていく。ごま油とカレーのにおいが合わさりますますお腹が空いてくるのを感じて、再びスペース空けて溶き卵を入れた。手早くご飯と絡ませ、少しパラパラになったところで火を止めて五人分の皿に盛っていくと完成。粗熱が取れるまでの間、調理器具を洗ったり洗濯機を回したり、家中を歩き回る。

次第に妹達と父親が起きてきて、時刻は朝の七時より十分ほど前。出会った人達から挨拶を交わしていく。洗濯機を回す洗面所にやってきたのは三つ子の妹の一人。

「おはようございます、姉さま!」

粗熱を取っていたカレー炒飯は一皿残してラップをして冷蔵庫に入れる。残った一皿分は更にラップを広げ、そこに適量乗せると包み、握っていく。

「今日の昼食はカレー炒飯ですか?」

「そう。余ってたからね」

「楽しみです!」

二人目の妹とも挨拶を交わしながら出来たのは少し大き目のおにぎり二つ。それらを一つずつラップに包んで置いておく。

「おかずは……ああ、鶏肉が余ってたっけ」

鶏肉を切って油を薄らとひいたフライパンに入れて、醤油と砂糖で味付け。火が通ったところで皿に盛って再び粗熱を取る。その間に弁当箱にレタスとキャベツを盛り付け、プチトマトと茹でたブロッコリーを二つずつ盛る。

「おい、スイレン。俺の靴下知らねえか?」

「親父の靴下はタンスの一番上。背が高いから低いところは腰が痛くなるって言ったの、親父でしょ」

「あー、そうだっけか? お、あった」

胡瓜を短いスティック状に切って、その横に種を取り除いて叩いた梅干しを添える。

「うまそうな匂い」

「濃い味付けが多くなったから胡瓜入れておいた。今度浅漬け作ろうかしら」

「お前はどんどん料理上手になっていくなあ」

「作れない人と一緒に住んでいるからね」

先程の鶏肉を乗せて、蓋を閉める。おにぎりと一緒に袋に入れて置いておくと各々自由に朝食を作り始めた。朝は簡単にパンを焼いて食べることが多く、この時間に彼女は少しの休憩をする。

「姉さまの分です。どうぞ」

「あ、ありがとう」

居間に腰を下ろしてぼーっとテレビを眺めていた彼女に、三人目の妹がマーガリンを塗ったトーストとブルーベリージャムを持ってきた。後ろには牛乳を持ってくる妹や既にトーストに噛り付いている妹が見える。

「姉さまはいつも早起きでご飯の準備をしてくださいます。私達も姉さまの負担を少しでも減らせるよう、料理の勉強もしていきたいです」

「そうね」

にこりと笑って返すと、嬉しそうに笑う妹の頭を撫でてからトーストに手を付けた。

朝の情報番組の天気予報は全国的に晴れると言って、夏日どころか真夏日、猛暑日まで気温が上がることを報せる。ふわふわと脳内で向日葵が咲き始めたあの道の風景や、噴水のある公園で薄着の子供達がはしゃぐ姿を思い浮かべた。残念ながら、今日の彼女はアルバイトこそ無いものの図書館へ行って勉強する予定だ。お昼の少し前に行く予定なので、昼食を早めに食べてから出掛けるつもりだった。

ブルーベリージャムのトーストを食べ終え、牛乳を飲み干してから立ち上がる。皿洗いは妹達がしてくれるとのことで彼女は洗濯機へ向かう。洗濯を終えた衣類を籠に取り出して居間から庭に出る。洗濯物を干して、仕事に出掛ける父親を見送ってから、彼女は適当な鞄に教科書と夏休みの課題、ノートと筆記用具を詰めた。

「あの、姉さま」

「ん? どうしたの?」

道場で自主的に稽古をしていた妹の一人が声をかけてくる。

「家の前に人が……」

「人?」

不思議に思って外に出てみれば、そこにいたのは終業式でミニポーチを拾ったからと届けてくれた、関吉と名乗っていた男子生徒だった。

「ああ、やっぱり君の家だったのか」

「どうしたの?」

「いや、たまたま通りかかってね。表札を見たら見知った苗字だったし、この辺に同じ苗字の人がいるとは思えなくて。不躾だとは思ったんだけど」

笑みを浮かべる関吉に、彼女も愛想笑いを浮かべる。学校が夏休みの今、合間の補講とアルバイト以外では殆ど気を抜いて生活している彼女にとってはいい迷惑だ。しかしそんなこと知らない関吉は話を進める。

「意外だな。スイレンさんは家だとそんなだらしない恰好なのか」

「え……ああ、家のことがあるから、動きやすい恰好をしているだけ。わざわざそんなことの為に?」

「いや、違うんだ。ただ、スイレンさんはもっとプライベートでも身形や恰好に気を遣う人だと思ってたから」

「別に、学校でだってしっかりしているわけでもないんだし」

「そんなことないよ。君はいつも正しい恰好で正しい判断をして正しい意見を述べ正しく在る」

ゾク……と得体のしれない悪寒が走る。相手は爽やかとさえ言われそうな笑みを湛えているのに、その感情はどこか黒く淀んでいるように思えて仕方なかった。今までこんな人間と相対することなど無かった彼女だが、自分より遥かに経験を積んでいる父親との模擬試合で培った経験から、この空気がまずいことは理解できた。

「俺の理想だ」

「……もう用は済んだでしょう。そろそろ帰ったらどうかな。特に面白いものもないし」

「スイレンさんがいるだろう?」

「私、これから出掛ける用事があるの」

「図書館だ」

「な、んで……」

目を見開く。自分の予定を家族以外の誰かに言った覚えはない。連絡先を交換した彼にさえ伝えていない。それがなぜ関吉にバレているのか分からず、彼女の脳内は混乱していた。
「俺も勉強しに行こうと思っていたんだ。よかったら一緒にやろうよ。宿題とか、予習復習とか」

どう返せばいいのか分からなかった。今の状況で嘘を吐いたとしてもすぐにバレてしまうのは分かり切っていて、ただ焦るばかり。一瞬で動揺してしまった彼女にこの場をうまく切り抜ける術など無かった。

「悪いな。そいつはこれから俺とデートだ」

「……は?」

目の前にいきなり現れた男に彼女は思わず間抜けな声を上げる。今まで彼女と言うただ一点を見つめていた関吉でさえ驚いて振り返る。

「破天荒……何であんた、ここにいるのよ……」

コンビニの袋を提げた彼が、アイスを食べながら立っている姿はヒーローや救世主とはかけ離れていた。


2016.09.07

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