夏休み開始直後、早速彼からメールが届く。その内容は至ってシンプル。
「たかだか挨拶の文章を今更メールしてくんなよ!」
「最初は丁寧にした方がいいと思って」
「学校でどれ程気軽に話しかけてると思ってんだ! むしろメールがそのテンションだったら驚きだわ!」
「お前、暑いのにテンション高いな」
「長文メールよこした直後に家に来る馬鹿がいるからね」
夏休みの課題と格闘していた彼女は突然の訪問に驚きつつも、きちんと麦茶を出す。冷えたそれは彼の乾いた喉を潤した。
「用件は?」
「毎日会ってたのに急に会わなくなることに違和感を覚えた結果」
「長文メールを送り素早く我が家に来た、と」
「寂しかった」
「兎でももっとマシだと思う」
「知らないのか? 兎が寂しいと死ぬってのは迷信なんだぜ」
「今はそれが迷信かどうかは問題じゃないし、高校生にもなってそんなことをドヤ顔で言われると物凄く腹立つから帰って」
「ごめん」
彼は改めて用件を伝える。夏休み中、彼のアルバイト先を手伝う話だ。彼女はまだ承諾していなかったのだが、一応その前に軽い説明をすることにしたのだろう。
接客についてと給料について。また、一週間と言う物凄く短い間のアルバイトと言う名のお手伝いなので厳しいことは殆ど無いが、身形が清潔であること。派手なものより落ち着いた服装で来てほしいと言うこと。一週間きっちり働いて仕事を覚えて本番に挑んでほしいこと。それ以外にもいくつか大事なことを伝え、彼はもう一度麦茶を飲む。
「で、どうする?」
「どうすると聞かれてもね……」
彼女のアルバイト先はダブルワークを禁止してはいないが、彼女はそこでしか働いていない。理由は、家事や学校のことに時間を使いたいからだ。宿題や提出物はきちんと熟し、それに加えて炊事掃除洗濯を行い、妹達の稽古に付き合いつつも自身を鍛えて、予習復習もしている。ダブルワークをしてしまうとその時間が消えてしまい、折角入学した高校も辞めなくてはならないのだ。
しかし、今は夏休み。普段よりも時間に余裕がある。さらに食費はいつもよりかかる分、臨時収入を得られる短期のアルバイトは嬉しい誘いだ。断る理由はどこにもない。しかし、だからと言ってすぐに承諾するのも彼女の性格上難しかった。
「俺はお前と一緒にいられるなら何でもいいんだけどな」
「ここでそれを言うのは狡くない?」
「そうか?」
彼は強要しない。それは彼女も理解している。だからこそ、悩むそぶりを見せてしまうのだ。
「……分かったわよ」
溜息を吐いてから答える。ちゃんと給料が出るならば、と。それに彼はニッと笑って頷いた。
「花火大会だからな。忙しくなると思う」
「そうね」
「いつものバイトは大丈夫か?」
「一週間の研修の時の時間、融通が利くなら問題ないわ」
「そうか。それならいい。まあ、スイレンなら接客も大丈夫だろ」
そう言うと彼はスマートフォンでメールを打つ。アルバイト先にお手伝いの件を連絡する為だ。あまりにも連絡するのが早いので彼女は少し驚いた。
「あんた、私が断らないのを分かってたわね?」
「そりゃあ、給料出るって聞いて断るわけないだろ? 賄い付きだぜ?」
「べ、別にそれで釣られたわけじゃ……お給料は勿論欲しいけど」
「じゃあ、俺と一緒に働く為、とか?」
ニヤニヤする彼に彼女は机を叩いて立ち上がる。
「調子に乗らないで。お茶持ってくるわ」
素直じゃないな、と彼は思いながら、まだ半分残っている自分の麦茶を飲み干した。
2016.08.12
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