10周年記念 | ナノ
04

終業式。欠伸が出そうな程長い校長先生の話を、暑くて仕方ない体育館で聞き流すだけの時間。背の順で並べば必ず後ろに位置する彼らは暇だった。隣の男子列最後尾にいる彼に視線をやれば、思った通り欠伸をしている姿が目に入る。恐らく校長先生にも見えているだろう。校長先生が一つ、咳払いをした。

終業式を終え、晴れて自由の身になった生徒達は友人達と話をしながら自分の教室へと戻っていく。彼女もと彼も同じだった。歩き方もスピードも違う生徒たちの後方でゆっくり歩く彼らは、先程の欠伸の件で話をしていた。「校長先生が話している間は欠伸をしない」と彼女が言えば、彼は「はいはい」と答える。その後ろから彼らに声をかける影が一つ。

「スイレンさん」

振り返れば、そこにいたのは別のクラスの男子生徒だった。彼女はクラスメイトの顔と名前はギリギリ覚えているが、基本的に人の顔と名前を覚えるのは苦手な方だ。男子生徒が同い年だと言うのはネクタイの色で分かる。しかし、この男子生徒が誰なのかは分からなかった。

「これ、スイレンさんのじゃないかな?」

微笑みながら彼女に差し出してきたのは小さなポーチ、基コインケースだった。それはまさに、彼女が探していたものである。結局テスト期間中は見つからず、その後の午前授業の間も探してみたものの見つからなかったのだ。諦めきれずに何度も同じ場所を探し続けていた彼女が、人生で初めて夏休みを恨んだと言う。

「どうしてあなたが……?」

「この間拾ったんだけど、クラスの人や隣のクラスの人に聞いても知らないっていうし、先生に聞いたらスイレンさんが探し物をしていたって言うから。ずっと聞いてみようと思っていたんだけど、なかなか話す機会がなくて」

「そうだったの……わざわざありがとう」

笑みを浮かべてそれを受け取る。漸く探し物を見つけることが出来て、それが自分の力でないにしても彼女は嬉しかった。

「ギリギリだけど夏休みに入る前に渡せてよかった」

「本当にありがとう。ずっと探していたから。でも、一体どこに?」

「あー、うん。廊下で見つけたんだよ」

「そっか。何度も言うけど、ありがとう。あなたの名前は?」

「関吉。スイレンさんのクラスから三つ離れているクラスだよ」

「そう。関吉くん。夏休み明け、改めてお礼するね」

「気を遣わないで。当然のことをしたまでだからさ」

そう言って男子生徒――関吉は先に教室へ戻る。もう他の生徒は殆どいない。関吉を見送りながら二人も教室へ戻る階段を上がる。

「随分と、食えない奴だったな」

「一つ引っかかるのよね……」

「見つけた場所か」

「そう。一度言葉を濁した。廊下じゃないんだと思う」

「ま、今考えたところで分からねえだろ。とりあえず、探し物は見つかったんだし良かったじゃねえか」

「うん」

手の中にある小さなポーチを見つめ、笑みを浮かべる。余程大切なものなのだろう。大事に握りしめていた。

「で、結局中身は何なんだよ?」

「ん? 言ってなかったっけ?」

「ああ」

「割引クーポンよ」

その言葉に、つくづく彼女らしい、と彼は心の中で苦笑いを浮かべた。



終業式が終わり、残るは担任教師の話を聞くだけ。ちょっとした注意事項や課題についての説明などを簡潔に行い、それらが終わって誰もが待ち望んだ夏休みに突入した。

早速遊びに行こうとする者、夏休みの予定を話す者、人によって様々だが、誰もが浮足立っている。夏休みを恨んだ彼女でさえ、探し物が見つかったおかげで上機嫌だ。今なら誰に話しかけられても嬉しそうな笑みを浮かべ対応することだろう。

クラスメイトの男子達はこれを機に彼女に連絡先を聞こうとする。二つ折りのガラパゴス携帯よりもタッチ画面のスマートフォンが主流となりつつある今、クラスの殆どがスマホで写真を取ったりメッセージを送り合ったりしている中、未だガラパゴス携帯を使用しており、コミュニケーションアプリを導入していない彼女は連絡先にアプリのIDを交換しようと誘われても、断る他無かった。上機嫌だろうがいつもは優しかろうが、アプリを使用していない彼女にとっては関係ない。電話番号を聞けば自宅の番号を教えるような彼女がガラパゴス携帯を手放す気配もない。

「ごめんなさい」

何度目かのお断りをしたところで鞄を持つ。高校生が終業式だと言うことは、彼女の妹達も午前授業である。小学校はまだ授業があるとは言え、昼食は一緒に食べることになっているので、彼女は早く帰宅したかった。

教室を出て行く間際、クラスメイト達に挨拶して帰っていく。

クラスメイト達が少し不服そうに話しているのを耳に入れつつ、彼も教室から出て行った。彼女のいない教室に用は無いと言わんばかりに。


「夏休みなんだけどよ」

下駄箱で話しかけると、彼女は振り向く。

「俺のバイト先が花火大会の日に片手で食べられるようなモンとテイクアウト用の飲み物を店先で売るって言ってんだよ」

「へえ。書き入れ時とは言え、カフェがそんなに頑張るものなのね」

「それで、人手が足りないんだとさ」

「ん?」

「バイト代出すって言ってるし、お前のバイトが無いならどうよ?」

「……そうきたか」

彼が手にしているのはスマートフォン。学校で会えるので連絡先を交換していなかった二人は、それ程重要なことと捉えていなかったが、彼は流石に長期休暇に入ってしまうのを恐れたのだろう。何せ一ヶ月強、会えないのだ。危機感を覚えるのも当然。

「仕事内容は?」

「店先での販売中心。休憩と賄い有り。服装自由でエプロン支給」

「細かい説明ありがとう。今承諾出来ないけど、考えておく」

考えておく、の言葉に彼は少し肩を落とす。流石に釣られないか、と思いながらスマートフォンを鞄にしまおうとした時だった。

「ので、とりあえず連絡先交換しておこう、か……」

取り出した携帯電話を開いて、自分の番号やアドレスのあるページを開く。

「赤外線は?」

「せきがいせん」

「成程」

彼女は四苦八苦しながら、ほぼ彼にやってもらってアドレス交換を終えたのだった。


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