10周年記念 | ナノ


「高嶺の花? 私が?」

「あいつがそう言ってた」

「マジで? あり得ないね」

「見た目だけだろ? 話すとそうでもない」

「それはそれで私に失礼だと思わないのか」

七月。夏服を身に纏った彼らは窓際の席であることを酷く恨んでいた。あまりにも憎らしい為、話題を逸らすくらいである。

「で、なんて返したんだよ」

「普通に断ったわよ。彼のこと、あまりよく知らないし」

「知ってたら付き合ってたのか?」

「さあ? 知っている内容にもよるんじゃない」

彼女は汗をハンカチで拭って手で自分に風を送る。ノートや教科書、下敷きで風を送るようなことはしないあたり、優等生としてのプライドがあるようだった。

「そろそろか」

「そうね」

現在、テスト期間中の彼らは、放課後残ることが出来ずに早朝会うことが多くなった。朝練を行う部活動に関しては、生徒の判断に任せているようで、出る生徒と出ない生徒がいるが、教室は彼ら以外にいない。今後は朝に会うか、なんて彼が言えば、朝から鬱々とした気分になるから嫌だ、と彼女が言う。なんてことない会話ばかりを繰り広げ、時計の針が他の生徒が登校してくる時刻を示す。教室はしんと静まり返り、次第に足音が聞こえ、一人また一人と人が増えていき、あっと言う間に室内が騒がしくなっていった。



合間の休憩時間のことだ。自分のスクールバッグを探る彼女が小さく声を洩らした。聞き逃さなかった彼が振り返る。

「……失くした、かも」

「何を?」

「……このくらいの、小さなポーチ」

彼女は手で大体の大きさを表す。通常、女子が持つには小さすぎるそれは最早コインケースではないのか、と彼は口にした。

「そうとも言うかもしれない」

「購入場所は」

「百均」

彼はコインケースと認識して彼女に話を続けさせた。

彼女は常に持ち歩いている物がある。財布、携帯電話、ICカード、ハンカチ、ポケットティッシュ、ポーチは恐らく誰でも持っているだろう。ポーチの中身に関しては人それぞれだが、化粧気のない彼女がメイク道具を持っているはずもなく、中身はなんてことない小さなミラーとリップクリーム、日焼け止め汗拭きシート、ウェットティッシュくらいだ。そして彼女はもう一つ、件の小さなポーチを常に持ち歩いていた。

「あれが無いと、死活問題……」

「そこまで? 一体何が入っているんだ?」

「……私の、大切なもの」

どこかに落としたのかもしれない。そう思い、探しに行こうとすれば現実は残酷なもので。予鈴が鳴ってしまう。優等生の彼女は授業をサボって失くした物を探しに行くことなんて出来るはずもなく、上げかけた腰は再び椅子に下ろされた。


テスト期間中は食堂も閉まっていて、生徒達は授業が終われば即座に学校から出て行ってしまう。教師からも早く帰るように言われ、ゾロゾロと下駄箱を目指す者ばかり。そんな中、彼女は教師に落とし物の件を伝え、ほんの少しだけ時間を貰うことにした。

教室内をくまなく探し、教室周辺の廊下やトイレ付近も探し、よく使用する階段も探すが見つからず。短い時間はあっという間に過ぎ去っていく。教室でもう一度鞄の中を探す。

「あったか?」

「……無い」

「家にあるんじゃねえの?」

「基本鞄の中から出さないんだけどなあ……まあ、今日のところは帰って家を探してみるわ」

「それがいい」

鞄を持ち、教室を出る。職員室に寄ってお礼とそろそろ帰ることを伝えると探し物は見つかったかと問われ、首を横に振った。また放課後に探すかもしれないことを伝えてから教師と別れ、下駄箱で靴を履き替える。

「明日のテスト、身が入らなかったらどうしよう」

「大丈夫だろ。今日平気だったじゃねえか」

「そして主席から落ちて、学費免除の条件が達成できず、路頭に迷ったらどうしよう」

「そこまで」

昇降口を出て校門を出る。もう他の生徒はいない。残っていた彼らが最後だった。

学校から出て商店街に行くまで、彼女の脳内は失くした小さなポーチのことでいっぱいだった。死活問題とまで言わせる程のそれは彼女の精神にも異常を来す。彼も彼女が相当落ち込んでいると思い、一つの提案をした。

「昼飯、何か食っていくか?」

「お金が無い」

一刀両断とはまさにこの事か、と彼は思う。彼の問いに対して答えるまで、殆ど間が無かった。

「奢る」

「破天荒だってバイトしてるじゃん。一人暮らしじゃん。お金貯めなきゃいけないじゃん。申し訳ないじゃん」

「どっかの誰かを思い出すからその喋り方やめろ」

はあ、と彼は溜息を吐く。

「好きな女に飯ぐらい奢れなくてどうするんだよ」

「う……あんたのその、時々出てくるそれは何なのよ……」

「毎日言ってるだろ?」

「よくもまあ飽きないわね……返事もしない、自分のことしか考えていない女なのに」

「そんなお前が好きになったんだよ。だからお前は……スイレンはそのままでいいんだ」

目を泳がせ、彼から視線を逸らす。赤くなる頬が熱を帯びて、彼女は両手で頬を包んだ。この時期では手も熱い。

「で、どうする?」

「…………アイス付きがいい」

「ファミレス行くか」

「……オムライス」

「可愛すぎか」

「だから何でっ……そういうこと簡単に言うかなあ……! ティラミス!」

「ラーメン」

「暑い」


2016.08.03

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