10周年記念 | ナノ
03

雨が降る外を窓から憂えた表情で見つめ、思い詰めたように溜息を吐く。そんな姿に魅了された男子生徒が一人いた。

「破天荒」

男子生徒が名を呼んだ相手は、クラスでも背が高く怖い雰囲気のある生徒だった。彼は男子生徒が思いを寄せる女子生徒と話すことが多い。最近は昼食も一緒に食べているところを見かける為、男子生徒は彼に話を聞くことにしたのだ

「最近、スイレンさんと仲良いよな」

「それが?」

彼の冷たい声が鋭くなっており、男子生徒は怯んでしまう。彼は今まさに食後の昼寝をしようとしていたところだった。それを邪魔され、多少機嫌が悪いのは男子生徒も理解できる。しかし、そこまで態度に出さなくてもいいじゃないか、と涙目になりながら話を続けた。

「俺さ、スイレンさんのこと気になってるんだけど……」

「あ?」

現在、この教室に件の女子生徒はいない。食後、教師に分からないところを聞きに行くと言って教室を出て行ったのだ。だからこそ彼は暇になり、昼寝をしようとしていたのだが。

男子生徒が手早く用件を伝えたところ、彼は更に機嫌を悪くする。

「それを俺に言ってどうするんだよ」

「いや……スイレンさんと仲良いし、その、好みのタイプとか……趣味とか……教えてくれないかなーって……」

言葉尻が徐々に小さくなっていく男子生徒に彼は目を細める。そんなに気弱なのに気になる程度で彼女に近付いて欲しくない、と言うのが彼の本音だった。しかし、彼はそれを強要出来ない。彼女と彼は付き合っているわけはないし、下手に感情的になれば彼女が迷惑に思うだろう。彼はつとめて冷静に対応しようと心掛けた。

「自分で聞けばいいだろ」

心掛けたが、それが出来るかは別である。内心自分の心の狭さを感じながら、頬杖をついた。

「だ、だって、スイレンさんって高嶺の花っていうか……俺なんかが話しかけていいのかなって……」

「じゃあやめれば?」

厳しい言葉が男子生徒に突き刺さる。自分から話しかけられれば初めから彼に相談などしなかっただろう。それは彼も分かるが、しかし自身も思いを寄せる彼女に他の男が好意を寄せていれば面白くないのも事実だ。芸能人に好意を寄せるのとは違う、本気で好きだと思っている彼にとっては邪魔以外の何物でもない。

気の弱い男子生徒だが、それでも雨の日に見た彼女の憂えた表情が、溜息が、男子生徒の心を掴んで離さない。自分なんかが、と思っても、男子生徒は少しでも話したかった。

「で、でも……、」

食い下がろうとした時、男子生徒の声を遮って彼が言葉を放つ。

「俺だって知らねえよ。好みのタイプなんて」

「えっ……」

「よく話すっつってもそんな話しねえし」

「あ、そうだよな……女子同士ならまだしも、女子が男子に好きなタイプの話をするわけないか……」

「それに……」

彼は少し躊躇って、けれどその後の言葉を続けた。

「お前にあいつは無理だよ」

自分ならいいと思っているわけではない。単純に、約半年彼女と話をしていて思うのだ。控えめで笑顔を絶やさない優等生の彼女が、本来は気が強く口が悪く、お金に厳しい一面がある。食べていく為に働いてばかりいる彼女を相手にするには、男子生徒は気弱すぎると。

男子生徒にとっては厳しい言葉だと分かっている。しかし傷付かない言い方など、彼は知らなかった。気を遣おうと思うことすら珍しい事である。

「何の話?」

その場に現れたのは、先程まで教師に質問をしに行っていたはずの女子生徒だった。彼の後ろの席に座る彼女は、その近くにいる男子生徒を見て声をかけたのだろう。

「えっ、あっ……えっと」

「お前に話があるんだと」

「ん?」

小首を傾げる。彼女の長い髪がさらりと揺れて肩から落ちる。その様を見て男子生徒が顔を赤くした。

「あ、予鈴」

午後の授業がそろそろ始まる。男子生徒は彼女の席の前から退いて、どもりながらも「後で」と言った。そんな男子性を不思議そうに見てから席に着く彼女は前の席の彼に問う。

「何の話?」

二度目の問いであった。

「後で本人が話すだろ」

「何よ。やけに不機嫌じゃない」

「別に」

「ふうん?」

午後の授業が始まる。こちらを振り返ることのない彼の背中を見てから、一瞬外を見やると先程まで晴れていた空が雲に覆われていた。



放課後、アルバイト先へ向かう為に彼女は急いで教室を出る。決して廊下を走ることはせず、教師に会ったら挨拶するのも忘れず。下駄箱で靴を履き替え、昇降口を出ると呼び止められた。彼女は携帯電話を手にしている。

「スイレンさん!」

「えっ? な、なに?」

急いでいる彼女にとってタイムロスである。しかし、呼び止められた以上立ち止まらないわけにもいかない。何かしてしまったかもしれないし、大事な用があるかもしれないからだ。

「あの、俺……」

先程、自分の席の近くで、前の席の彼と話していた男子生徒だった。頬を赤く染め、口ごもりながらも男子生徒は自分の思いを口にする。好意を明確に表した言葉が放たれると、彼女は流石に足早にこの場を去るのは得策ではないと考えた。男子生徒の言葉を聞き終えて、彼女はすぐに口を開く。

「ごめんなさい」

「早……えっ? 早っ……!」

男子生徒が戸惑うのも無理はない。大抵はフリだが考える時間がある。しかし彼女は考える時間など必要なかったし、そんな時間無かった。答えは決まっている。

「私、ちゃんと自分が興味を抱いた人を好きになりたい。あなたのことはクラスメイトだと思っているけれど、そう言う対象じゃないの。ごめんなさい」

深々と頭を下げる。そこまでされてしまえば、男子生徒も食い下がることは出来ない。そもそも、昼休みの時の話をする為に来たのに、勢い余って告白してしまったのだ。普段から仲が良くなければ断られるのも頷ける。

「急に言ってごめん……でも、聞いてくれてありがとう」

「きっとあなたにはもっといい子が見つかると思う」

そう言ってニコリと笑ってから校門を出て行った。


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