10周年記念 | ナノ
02

雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな空模様に、窓の外を少し眺める彼女は洗濯物の心配をした。

この時期は天気が安定しない。朝は晴れるが昼頃から雨が降る、その日はずっと雨、雨は降らないがお日様は見えない等なかなか一日晴れてくれないせいか、洗濯物が少しずつ溜まっていく。それを更に少しずつ消化していかなければならず、今日こそ降らないでくれと祈るばかりだった。

視線を黒板に戻し、ノートにペンを走らせる。大事なところは百円均一ショップで買った三色ボールペンを使い、同じく百円均一ショップで買った蛍光ペンを使って分かりやすく書いていく。教師の話に耳を傾けながら夕飯について考えていればあっという間に一つの授業が終了した。

休憩時間に入ると途端に騒がしくなる教室。彼女は次の授業の準備をしてそのまま席で待機する。クラスメイトに話しかけられることもあれば、そうじゃないこともある。用が無ければ動かない。それが彼女だった。

「スイレンさん、さっき外を眺めてたよね」

話しかけてきたのは昨年も同じクラスだった女子生徒である。彼女にとっては比較的話しやすい分類に入る女子生徒は、運動部で化粧気も無いわりに、爽やかさと明るさで可愛らしい女子だ。化粧気が無いのは彼女も同じだが、裏表のない天真爛漫な姿は彼女と大違いだった。

「うん。どうして?」

「いや、珍しいなあって思って。傘持ってきてないの?」

「折り畳みを持ってるよ」

「じゃあ雨が降っても安心だね」

女子生徒は笑うが、彼女にとっては笑いごとでは無かった。何せ洗濯物が溜まっている。家を出る前に干したそれが雨に濡れてしまえば二度手間どころか水の泡だ。

「授業中によそ見してるから、傘持ってきてないのかと思った」

「そう言う秋坂さんは持ってきてるの?」

「私も折り畳みあるよ! ちょっと壊れかけてるけど!」

「無理しないようにね?」

「大丈夫! まだ使えるから」

分かる。彼女はそう心の中で返しながら頷いた。


授業の合間の休憩時間は短い。出来ることと言えば、次の授業の準備、お手洗いに行くこと、友人と短いお喋り程度。稀に教室を飛び出して別のクラスに足を運ぶ生徒もいるが、彼女は当てはまらない。何せ彼女には友人と呼べる人がいないのだ。忘れ物をしても、借りる人がいなかった。

――まずい

内心焦る。高校生になって忘れ物をしたことが無い彼女は動揺していた。本日使う予定だった英語の辞書を忘れてしまった彼女は授業の準備をしていたにも関わらずギリギリまで気付かず。予鈴が鳴り、慌ただしく教室に入ってくる生徒の足音や自分の席に着く生徒が乱雑に動かした椅子の音が教室に充満すると、前の席の男が後ろ手に何かを差し出してくる。

「え……」

「いいから」

小声でやり取りをして、彼女は彼から何かを受け取った。それは英和辞典である。

「なん……」

なんで、と声をかけようとするが、音が静かになっていくのに気付き口を閉じる。チャイムが鳴るのと同時に英語の教師が教室に入ってきて、何も聞けないまま授業が開始された。彼女が彼に話を聞いて、お礼を言えたのは次の休憩時間になってからだった。



昼休みは生徒に人気の食堂で昼食を取る生徒が多く、また食堂の購買でパンやおにぎりを買って教室で食べる生徒も多い。自分で弁当を作って持ってくる人は、特に彼女のクラスでは半分もいなかった。そして、持ってくる人の大半は別のクラスに行ったり、食堂に持ち込んだりしていた。

少人数になった教室はやけに話し声が聞こえる。いつものように弁当を広げる彼女の耳にも、他のグループが楽しそうに話す声が聞こえていた。彼女は誰かと話す時、決して笑顔を崩さないが一人でいる時は別だ。話しかけられない限り、笑顔は作らない。しかし、無表情にもならない。つとめて柔らかい雰囲気が出る様僅かに口角を上げるようにしている。だから、表情を多少崩しても問題ない昼食時が彼女は好きだった。

そんな彼女の前にやってきて椅子を彼女と対面するように動かすと座る彼は、購買の袋を提げている。

「飲み物、当たったからやる」

「ありがとう」

二人きりでない以上、彼女は笑顔を浮かべて柔らかい声音でお礼を言う。それに思わず彼が眉間に皺を寄せた。そんなこと気にもせずに貰った飲み物を開ける。常に水筒を持っている彼女だが、中身は水かお湯かスポーツドリンクの粉末を水で溶いたものだ。だからか、ジュースや乳酸飲料を飲めるのは嬉しいことだった。

「何買ったの?」

「カツサンドと鮭おにぎり」

「よく食べるよね」

「まあな」

梅雨の時期に入り、こうしてクラスで話すことが増えた。理由は、お互い友人がいないので一人でご飯を食べるのだが、前後の席で顔を合わせず食べるのも寂しい光景だと思ったからだった。きっかけとして話しかけたのは彼の方で、食堂のおばちゃんからおまけで貰ったと言うチョコレートを席が近いからと言う理由で彼女にあげたのが最初だ。と周りは思っている。

食べている最中、大した会話はしない。恐らく、二人きりならば愚痴の言い合いや漫画の話でもしていただろう。しかし、彼女には演じているキャラを守る必要があったし、彼は二人だけの秘密を守る必要があった。

外はまだ雨は降っていない。放課後になったら真っ先に自宅へ電話して、妹達に洗濯物を取り込むよう伝えなくては、と思う彼女は脳内で順序を決める。本日彼女はアルバイトのある日だ。放課後になり真っ先に下駄箱へ向かう。靴を履き替え、アルバイト先へ移動しながら携帯電話で通話履歴を表示する。大抵一番上は自宅の番号だ。学校からある程度離れてから立ち止まり、自宅に電話する。妹達に洗濯物の件を伝えて終了。後はアルバイト先へ向かうだけ。彼女のイメージでは完璧だった。

「あ、雨」

そう言ったのは彼女でも、彼でもない。他のクラスメイトだった。ぽつぽつと疎らに降り始めたそれは、次第に強く地面に打ち付ける。

「あ……」

「あーあ……」

バケツをひっくり返したような、とは正にこのことか、と彼は思う。そして彼女は言うと、切ない表情を浮かべて雨を見ていた。半分以上食べ終わった弁当はまだ唐揚げとプチトマトが残っている。他のクラスメイトは傘の有無の確認をし合ったり、雨によって予定が崩れると嘆いたり、少し騒がしい。雨音も相俟って小さな声ならば聞き逃してしまうだろう。

「……フラグは立ってた」

しかし、彼女の目の前にいた彼の耳にはしっかり届いていた。感情の無い言葉が彼女の口から放たれたことは、彼以外に気付かれることのないまま空気に溶けて消えていく。

雨が降ってしまった以上、彼女のやる気はとてつもなく減少していて、この後の授業や帰ってからの洗濯物の確認等やることは沢山あるのに、その全て面倒で仕方がなかった。この時間帯はまだ妹達も学校から帰っておらず、仕事に行っているはずの父親が家にいるはずもない。必然的に、洗濯物はずぶ濡れだろう。それだけで保健室へと行きたくなる程彼女の気分は最悪となってしまった。

「カツサンド、一口食うか」

「いらない」

「そうか」

折角の慰めに冷たく返されてしまい、そう言って彼は自分のコーラを一口飲んだ。


2016.07.24

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