10周年記念 | ナノ
01

提出する課題の問題の質問、夏休み明けから練習が始まる体育祭の出場種目の話し合いの時間、その後に控える文化祭ですることの話し合い、テスト範囲の確認、クラスメイトが代わるがわるにやってきては彼女に問う。そして彼女は笑顔で答える。騒々しい教室が静かになる頃、室内には彼女ともう一人しか残っていない状態で、彼女は自分の席についた。その前の席に座る男子生徒は振り返らない。しかし彼女は口を開く。

「あー!! 疲れた!!」

「いい加減あのキャラやめちまえばいいだろ」

「そういうわけにもいかないのよ……知ってるでしょ」

はあ、と盛大な溜息を吐く彼女は、机に突っ伏す。クラスメイトがいる状態の教室ではまず見ることのない姿だ。クラスメイトの半分以上が部活動や委員会に所属しており、それ以外は帰宅部ですぐに教室から出て行ってしまう為、この時間帯は彼女が校内で唯一こんな姿を晒すことが出来る時間だった。

彼女の前に座る男子生徒は体ごと横を向いて、漸く彼女を見る。突っ伏した彼女の旋毛を見ながらこちらも溜息を吐いた。

「馬鹿馬鹿しいと思うけどな。俺は」

校内で優等生と言われている彼女は、常に主席をキープし、身体能力が高いせいか体育の授業で困ったことも無く、品行方正で笑顔を絶やさない、漫画にしか登場しないような女子だ。対する彼は金色の髪につり上がった目、高身長、少し着崩した制服、成績は中位、身体能力は高いくせに授業は基本不真面目な態度、イケメンだと女子から持て囃されているが、ヤンキーだ何だと噂される男子である。

傍から見れば正反対の二人が、こうして話していることなど、クラスメイトは誰一人して知らない。

「体育祭に関しては体育祭委員がしっかり伝達しなさいよっ……文化祭委員も! テスト範囲は各授業で先生がしっかり言ってくれてるんだから授業聞きなさいよ……! 分からない問題も先生に聞けばいいじゃない! なんでっ! 皆私に聞くの!」

「お前がはいはいって答えるからだろ。多分甘く見られてるんだよ。今みたいに言えばいいじゃねえか」

「信頼度が落ちる」

「お前はシミュレーションゲームでもしているのか?」

突っ伏していた顔を上げて、彼を見上げる。つり上がった目は生まれつきだと言う彼の今の目は呆れていると物語っていた。

「特待生で大変なのは分かるけど、自分を偽る必要はねえだろ? 俺は今のお前の方が好きだけど」

「うっさい」

彼の言葉に彼女は再度顔を伏せて呟くように返した。

彼が彼女の愚痴を聞くようになったのは、半年ほど前のことである。現在彼らは高校二年生で、昨年――つまり一年生の時も同じクラスだった。お互い放課後はアルバイトをしている為にこうして話す機会は殆ど無かったのだが、半年前に彼女が教師と話をしている間にクラスメイトが教室を去り、戻ってきた頃には寝ている彼一人が教室に残っていて、それに一瞬視線を向けてから気にせず帰ろうとした時だ。忘れ物をしたと言うクラスメイトが戻ってきて、そのついでと言わんばかりに彼女に頼みごとをした。それは、その日が提出期限最終日であるプリントだった。その生徒は急ぎの用があると言う。プリントを先生に出しておいてほしいと頼まれ、断ることも出来ずに今回だけだと言って請け負ってしまった。するとその生徒は軽々しいお礼を言って教室を出て行く。そして彼女はつい、溜息を吐いてしまった。そして続けて心底うんざりした声で呟いてしまう。「めんどくさ……」と。

油断していたのだろう。その教室には彼女と、眠っている男子生徒しかいない。誰も見ていないし、聞いていない。そう思っていた。しかし、違ったのだ。むくり、と起き上がったのは眠っていたはずの男子生徒で、それに気付いた彼女が固まるのは当然で、こちらを振り返った男子生徒が彼女を凝視し、そして「マジか」と呟いた言葉で、彼女は頭が真っ白になった。

その後、ある程度の事情を話した上で、男子生徒は彼女に興味を持ったようで関わることが増えていく。次第に二人はお互いにこの学校で唯一と言っても過言ではない親しい仲となっていた。こうして双方アルバイトのシフトが入っていない日は、他に誰もいない教室で彼女の愚痴を聞くのが恒例となっている。

そうして年度末。クラス替えを控えた頃に彼は言った。彼女のことが好きだと。彼女は全くもって理解できなかった。話す機会は増えたが、好感度を上げるようなことは一切していない。主に愚痴ばかり話しているからだ。お互いアルバイトをする身ゆえに愚痴は沢山ある。話を聞いてもらい、話を聞く。ただそれだけだった。誰かの悪口めいたことを聞いてもらっているのだ。好意を抱くことなど無いだろう。そう思っていた。

しかし彼は違った。愚痴を話す彼女も、それでも他の生徒や教師の前では笑顔を絶やさないことも、決して弱音は吐かないことも、時々見せる素の表情も、彼にとっては好意を抱くに充分すぎた。だからこそ彼女に伝えたのだ。クラス替えで離れてしまうことを考えたからこそ。結果として、返事は保留。どうせ彼女は自分のことをそう言った目で見ていないし、考えたことも無いのだろう。そう言って、答えを先延ばしにした。更に、今年度も同じクラスになってしまい、離れるどころかますます親密度は上がっていく。話に付き合う度に彼は彼女に一回は好意を口にして、彼女が忘れないようにしていた。

未だに彼女は理解できない。どうして彼が自分に好意を抱くのか。自分の素を見た上で、どうして好きだと言えるのか。自分なら絶対にあり得ないことだ。しかし、それでも彼女が彼と話すことをやめないのは、演じるのも偽るのも疲れるから。嘘を吐くのは容易い。笑顔を作るのは少し疲れる。極力声音を柔らかくするのは非常に疲れるし、頼まれたことは出来るだけ引き受ける。体力自慢の彼女でも、そんな学校生活とアルバイトを繰り返していれば精神的にも肉体的にも疲れてしまう。だからこそ、吐き出す相手が欲しかった。よしよし、偉いね、よく頑張ったね。そう言ってくれる誰かが欲しかったのだ。今まさに、彼女の頭を撫でる彼のような、存在が。

完全下校時刻にはまだ早い。彼らは少しの沈黙の後、席を立つ。

「今月、余裕は?」

「今月は少しある。いつもなら貯金に回すところだけどめちゃくちゃ安いカラオケで30パーセント引きクーポンあるからそれ使えばいける」

「行くか」

「うん」

机のフックに引っ掛けていたスクールバッグを肩にかけて教室を出る。

「この学校、日直で戸締りが無いのがいいわね」

「前に生徒に鍵を預けたら短い時間で鍵の型を取り合鍵作ったらしいって話を去年の教育実習生と担任がしてたな」

「何そのアクティブな生徒」

「特待生枠を作って学費免除するような学校なのに多いだろ? 不良が」

彼女は思わず彼を見る。彼女も女子高生の平均身長を考えれば高い方だ。しかし彼は運動部でも無ければ過去身長が伸びるようなスポーツをしていたわけでもない。それなのに身長は180センチを超えていた。普段あまり見上げない彼女が父親以外で珍しく見上げる存在だ。必然的に、今も少し見上げている。

「そう言えば、裏庭でタバコ吸ってる奴いたわね」

「典型的だな。まあ、そういう奴らが危ないことに手を出してて、合鍵作っちまったもんだから、今では教師が戸締りするようになったんだとさ」

「へえ。まあ、今となっては好都合だけど」

「お前と俺にとってはな」

「何であんたも?」

「お前と二人になれるだろ?」

ニッと笑う。それに彼女は視線を逸らし、片手で顔を覆った。

「……あー、そういうこと言う……やっぱカラオケパス」

「は? ふざけんなよ」

「密室ぞ? あそこ密室ぞ?」

「あそこ監視カメラあるだろ。何かするわけねえだろうが」

「凄い、現実的な意見だ。尤もすぎる」

「行かねえならファミレス」

「あ、無理。近場は同級生がいるから無理。それならお家帰る」

「お前ん家でもいいから」

「お茶しか出さないからね」

「充分」


2016.07.15

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