10周年記念 | ナノ
08

ここ暫く、ロキの元気が無い。そう思うのは彼と同じ家に住むルーシィだった。彼女と彼の関係は、一言で表すには難しい。しかし小学生の頃より親しい二人の間には兄妹のような信頼関係が生まれていた。そんな彼女だからこそ、彼の異変に気付いたのだろう。ある日アルバイト先から帰ってきたロキの様子がおかしいことに気付き、自分の友人である黒髪の青年に連絡をしたところ、どうやらもう一人の幼馴染みと喧嘩してしまったようだった。詳しい理由までは分からないが、とにかくその日彼はアルバイトに行っていたのではなく、青年の家にいたのだと言う。アルバイトに行かなかったのは褒められたことではないが、問題は他にある。彼がもう一人の幼馴染みと喧嘩したことだ。

もう一人の幼馴染み、ルーシィが姉のように慕い、何よりも大事にしている友人であるリディア。彼女は感情の起伏があまり無く、その分人にも寛大な方で滅多に怒ることはない。勿論、ルーシィが間違ったことをすれば叱ってくれることもあったが、今となってはそんなことも無くなり彼女の優しい一面を見るばかりだった。ロキはロキでそんな彼女に惚れこんでいるので、彼女に対して怒りをぶつけることはない。そんな二人が喧嘩をしたと言うし、何より喧嘩してから随分と時間が経ってしまっている。事態は悪い方向へ向かっているような気がしていた。

件の当事者であるリディアとは、連絡を取り合っている。会うこともある。三人でいることの方が多いくらいなのが日常だ。それは今となってもあまり変化は無いように思えた。しかしただ一点、変化があった。リディアとロキの会話が殆ど無いのだ。あっても素っ気無いものばかり。楽しそうに見えなかった。話すのはルーシィばかりで、いつしかルーシィがリディアと会う時、ロキは席を外すようになっていた。頻繁にではないものの、それは顕著になっているのは事実だ。それでも三人でいることの方が多いと言うのだから、自分達がいかに三人で頻繁に会っているのか、ルーシィは改めて自覚する。

どうにかしようにも、何があったのか分からないうちには何も出来ない。今は共に朝食をとる為一緒にいるが、あと数十分もすればルーシィは高校へ、ロキは大学へ行くことになる。大学にはリディアがいるが、この状態では大学でも真面に会話していないだろう。

ルーシィは少し早く家を出ることにした。隣の家へ行って、何があったのかそれとなく聞こうと思ったのだ。鞄を持ち、出かける時の挨拶をして家を出る。運転手に隣へ行ってくると伝えて、いざ彼女のいる家へ行けば、彼女の叔父が彼女はもう家を出たと言う。

「今日ってそんなに早く出る日でした?」

リディアの叔父に問えば、彼は「そうじゃないけど、用事があるとか何とか」と曖昧な返答をした。彼にもよく分からないそうだ。丁度よくスマートホンが着信を知らせる。相手は同じクラスのグレイ。彼は商店街の美容室前で佇むリディアを見たと言った。ルーシィは途端に焦り、待たせている車に乗り込もうとする。そこへ、何故か今日に限って早く家を出たロキと出くわした。

ルーシィは面倒になった。どうしてこんなややこしいことになっているのか、男のロキがウジウジしてどうするんだ。喧嘩した時は、自分だけじゃなく相手も傷ついているんだ。そんな風なことを言って車に押し込み、自らも乗り込んだ。向かうは商店街の美容室。

車が到着した時、まだリディアは美容室の前にいた。ガラスウインドウにメニューがあり、それをまじまじと見つめていた。

「リディア!」

ロキが声をかける。車の中で、リディアが美容室前にいると聞いたからだ。何故彼らがこんなに慌てているのかと言えば、彼女の長くて綺麗な髪が、切られてしまうのではないかと思ったから。ロキもルーシィも、髪の長いリディアが好きだった。短ければそれでも構わないのだろうが、ロキのせいで切ることになるのは我慢ならない。

「ロキ……?」

「なん、かみ……」

「え? あ、ああ。ちょっと伸びてきたから毛先を少し切ってもらおうかと思って。あと量も増えてきたから梳いてもらおうかと」

彼女は思い詰めた様子では無かった。いつも通り、けろっと、状況を話した。

「ヘアスタイルについてならうちのキャンサーに言ってくれれば……今までだってそうだったし」

「だって、朝思い立ったから……それに、流石にこの歳になって美容室に行ったことがないのも問題かと思ってね」

そう。リディアはいつもハートフィリア家専属のスタイリスト、キャンサーに髪を切ってもらっていた。その為、美容室の利用方法が分からなかったのだ。だから彼女は店の中に入れないでいた。

「それより、二人してどうしたの? そんな慌てて」

ルーシィは脱力した。ロキは拍子抜けした。彼があれ程悩んで、車の中でも何を話すか頭の中でぐるぐると考えていたと言うのに、当の本人は何でもないことで悩んでいたのだから。

「ごめん……」

「なにが? こんなところに車停めて、迷惑そうではあるけど」

「そうじゃなくてっ……この間のこと……僕が自分勝手すぎたと思う」

「ああ、そうだ。そのことについて、話したいことがあったの」

ロキの言葉に彼女は返す。リディアはこちらを見ておらず、ガラスウインドウを見ていた。

「今度、時間空けておいてくれる?」

「ああ、勿論だよ」

ロキは恐ろしくなった。こんな時でも、彼女が冷静に言葉を紡いでいるのが。それが怒りなのか、それとも別の感情なのか。その時、何を言われるのか。想像できない癖に考えて、恐怖を感じる。

「ん。じゃあ、時間できたら教えて」

リディアは二人に背を向けて歩き出した。今まではロキと共に登校していたが、今日はそのつもりではないらしい。それにロキは少しがっかりして、同時にホッとした。今彼女と何を話せばいいのか、彼には考えもつかなかったから。彼は適当に時間を潰すとルーシィに言って、高校へ行ってもらった。

ルーシィは渋々車に乗り、高校まで送ってもらう。彼女の中に不安感はあったが、二人の関係がこじれるかもしれないと言う考えはなかった。リディアが、ガラス越しに見えた彼女の目が、昔見た真っ直ぐで凛々しいそれだったから。最後に見たのはいつだっただろう。ロキが来てからは、或いはそれより少し前からか、その瞳は柔らかくなっていた。

――そうだ、ロキが来てから三人でお花見しようとした時だっけ

上級生相手に言い負かした時以来か。ルーシィは思わず笑ってしまう。そうなればきっと大丈夫だろう。この拗れた関係は終わる。それが良い意味か、悪い意味かはルーシィにも分からないが、ギクシャクした関係を見せられるよりずっといい。また三人でいられたら、彼女にとってそれ以上の幸せはないのだから。


* * *


→次

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -