10周年記念 | ナノ


一人暮らしの相談をしていた。その人は同じ講義を受けている人。連絡先を交換したのは、本の趣味が合ったから。と言っても、私は割と無節操に本を読んでいるし、何より本について語り合うなんてこと殆どしないからその人には申し訳ないような気もしたのだけれど。でも、その人はそれでも構わないと言った。何となく、その人が私に抱いている感情が分かってしまった気がしたけれど、気付かないふりをして私はその人と休憩スペースでお茶をしていた。

そんな時に鳴ったのは私の携帯電話だった。音は出ていないが、携帯電話が震えると鳴ったと言ってしまうのはなぜだろう。今日は先程ルーシィのメールに返信をしたからポケットに入れていて、振動に気付くことができた。電話の相手はロキだ。

少し慌てた様子で彼は、次の講義が休みだと教えてくれた。それについては先程掲示板を見て知っていたから、「知っている」と言えば彼は黙ってしまう。何かあったのだろうか。ふと視線をやった外は雨だ。私が何も言わないからか、目の前にいたその人は「どうかしたのか」と声をかけてくれた。それに大丈夫と答えれば、電話越しの彼が今どこにいるのか問うてくる。

休憩スペースにいることを伝えると電話が切れて、そして10分もしないうちに彼は到着した。何となく気配がして振り返れば上着が少し湿ったような彼がこちらに向かっていて、そんな彼に声をかければ一瞬ピタリと止まったような気がした。遅くなったと彼は言うけれど、私には随分と早かったように思う。

そこで私は漸く気が付いた。まだ彼に、この人を紹介していなかったことに。

「こちら、同じ学科で休講になった講義も一緒の、」

私の言葉を全て聞く前に、彼が腕を掴んで引っ張った。こんなこと今まで無かったのに、一体どうしたと言うのだろうか。気分でも悪いのか、それとも雨のせいなのか。

凄い雨だから帰ろうと彼は言う。私は未だ座っているその人を気にしながらも、少し怒っているような、強引な彼に引っ張られるまま、休憩スペースを後にした。ロキがしっかり私の鞄を持っているあたり少し冷静なのではないだろうか。大学を出て傘を開くところで、私はロキの手を振り解く。彼がどうして私の言葉を最後まで聞いてくれないのか、理不尽にも見える怒りに言えば、彼は申し訳なさそうに不安だったと言った。

彼も不安なのだ。私が不安になるのと同じように。もうあの時程弱くはないと言うのに、あの時のようになってしまうんじゃないかと、彼は今でも思ってしまうのだろう。あの時は随分と心配をかけさせてしまったし、仕方ないのかもしれない。ロキから鞄を受け取り私達は歩き出した。


そんなことがあったからだろうか。私は彼に借りたものを返すついでに、貸してくれたお礼として作ったお菓子をあげようと家に招いた。雨が降っているから玄関先でのやり取りは難しい。けれど彼はこの後アルバイトがあると言うから、長居させないようにしなければ。ダイニングに通して座らせて、ホットコーヒーを出す。少し待っているよう言うと自分の部屋へ向かった。

いつからか、ロキは私の部屋に入ることをしなくなった。中学に上がった頃だっただろうか。それまでも、あまり私の部屋に入りたがらない様子ではあったが、ルーシィが遠慮なく入るので仕方なく入っていたように思う。中学に上がるのを切っ掛けに全く入らなくなって、私がここに住み始めてからは一度も無い。まあ、面白みのない部屋だし、ロキが入りたくないと言うのならそれはそれで構わなかった。

渡すものを纏めて紙袋に入れる。お菓子はキッチンの冷蔵庫の中だ。昨日作っておいたものだから、今日中には食べてもらいたい。すぐ腐るものではないにしても、だ。階段を下りてダイニングの戸を開ければ、椅子に座らせたロキの姿が無く、代わりに彼はソファーの方まで移動していた。

思わず固まった。彼の手には私が昨日見ていた住宅情報誌があって、彼が少し困惑したような、驚いたような、私には分からない表情をしていた。別に隠していたかったわけではない。言うべき時が来たら言おうと思っていたし、バレたところで問題なんてどこにもないのだから。でも、どうしてだろう。見られてはいけないような気がして、見られてしまった、と真っ先に頭の中で呟いた。

「何で言ってくれなかったの? それに、リディアにはここがあるのに、ここを出て行く必要ある?」

どうしてそんなこと言うの。確かに、私の帰る場所はここだけれど、一人暮らしをしたっていいでしょう? 経験するのも大事だし、就職先によっては一人暮らしを余儀なくされるのだから。

「でもっ……」

どうしてそんな顔をするの。引き止めたいと言うの?

「相談くらい、してほしかった」

相談したら意味が無いじゃない。だってこれは、私がロキから逃げたくて……そう、逃げたくて、考えていたことだ。高校卒業したら、なんてぼんやりと考えていたくらい。それがここまで長引いてしまったから、だから……逃げたかった。

「相談する必要を感じなかった」

相談したら、何もかもを話さなければいけないから。

ロキは自分の鞄をひったくるようにして持つと出て行ってしまった。またね、と言わない別れは初めてのような気がする。何も言わずに横を通られたのも初めてだ。玄関が閉まる音がする。外はまだ雨が降っていて、あの時と似たような不安感が襲った。不安感だけじゃない。寂しさや悲しささえ襲ってくる。心が冷えていくような感覚がする。目頭が熱くなって、目にじわりと薄い膜が張った。

私は何も悪くなかったはずだ。ただ、もう私以外の女性と付き合うロキを見たくなくて。それが例え遊びでも、本気じゃなくても、恋人と笑い合うロキなんて見たくなくて。でも、ロキとの関係を断ち切りたいわけじゃなかった。友人でいたかった。友人でありたかった。嫌われたいわけじゃなくて、ただ、私の心の整理をする時間がほしくて、穏やかになる時間が欲しかっただけなのに。どうしてこうなるの。どうして……どうして、

「……こんなことなら、出会わなければ」

よかった……? 本当に? 違う。そんなことない。そうじゃない。そうじゃなくて。

「好きなのに……」

初めて声にした言葉で、こんな風に涙を流すとは思わなかった。


3016.08.16

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