06
「そう言えば、俺ずっと気になってたんだけど」
「ナツにしては真剣な表情だな。何だ?」
「ルーシィとロキって一緒に住んでるんだろ? 何でだ?」
そう言った桜色の髪の青年に金髪の少女――ルーシィは脱力する。少女が彼らに出会ったのは中学生の頃で、仲良くなって少ししてから、少女にしてみれば不可抗力で自分の家柄を伝えた。それによって態度を変える人間を何度も見てきた少女にとって、話すのに多くの勇気を使ったのだが、目の前の彼らは態度を変えることなく少女をそれまで通り受け入れ接している。そんな彼らに話していないことがあった。先程少女は脱力したが、よく考えれば言っていない。疑問に思うのも無理はないだろう。
少女と共に脱力したのは黒髪の青年、グレイ。そして赤髪の少女、エルザ。しかしこの二人も、少女と件の彼――ロキの関係については何も知らなかった。ただ、幼馴染みとしか認識していなかったのだ。桜髪の青年、ナツはふと疑問に思い口にした。それに少女は少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「そうだなあ……折角だし話そうかな」
少女――ルーシィ・ハートフィリアには現在、二人の幼馴染みがいる。一人は少女が生まれた時から共にいる女の子。もう一人は少女が誘拐された後、一つの提案により引き取ることになった男の子。二人とも少女より三つ年上で、少女にとって大切な友人だった。
女の子――リディアは表情が表に出難い子で、少女が物心着く頃にはもう今と同じ表情をしていたと言う。しかし、感情を抱かないわけではなかった。笑う時は笑う、怒る時は怒る。泣いた顔だけ見た覚えが無いが、いつも真っ直ぐ前を見ている、少女にとって憧れの女の子だ。
まだ少女が小学校にさえ入っていない、リディアと同じように学校へ行きたくて駄々をこねるのが日課となった頃。リディアが学校から帰ってきて、ルーシィも幼稚園から帰ってきて、一緒に小さな公園で遊んでいた日のことだった。
そこは本当に小さかった。砂場と馬を模したスプリング遊具とすべり台くらいしかない公園は、他の大きな公園に子供が集まるのか彼女達以外に一人としていない。彼女達はここで遊ぶのが好きだった。リディアは物静かで、誰かと騒いだりはしゃいだりするより一人で本を読んでいる方が好きな子だった。ルーシィはそんなリディアと一緒ならどこだろうと構わなかった。
その日も彼女達はここで砂遊びを存分に楽しんだ後、日が暮れる前に家に帰ろうとリディアが言い出して、ルーシィは先にトイレへ行くと言った。リディアは「待ってるから、行っておいで」と言うとルーシィは足早にトイレへ向かっていった。少し時間が経ち、リディアは不思議に思う。随分と長い、と。お手洗いと書かれた札のあるそこには、入り口の前に壁があり、外から中が見えないようになっている。そこへ近づいて声をかけてもルーシィの返答はない。中を覗けば使用中のトイレはどこにも無かった。
リディアは急いで公園の外に出る。少し遠くに入る車が見える。一気に血の気が引いた。
ルーシィはトイレから出たところを誘拐された。入り口前の壁がリディアの視界を遮り、彼女が道具の片付けをしている間にルーシィを連れ去ったのだ。両腕、両足を縛られ、口にはガムテープを貼られ、身動きのできない状態のルーシィはただただ恐怖を感じるしかない。誘拐犯である二人の男がお金の話をしていることだけは、かろうじて分かった。10歳にも満たない女の子が抵抗なんて出来るはずもなく。これから自分がどうなるのか、想像つかなくて恐怖によってじわりと浮かぶ涙さえ拭えなくて、心の中で両親と、大好きな幼馴染みの名前を何度も呼んだ。
事件が解決したのは、事件発生から3時間後。急いでルーシィの家に行き、状況を伝えると動き始めるのは早かった。ハートフィリア財閥の使える限りの手段を持ってして誘拐犯を突き止め、ルーシィは無事に帰還した。母親の胸に飛び込み声をあげて涙を流すルーシィを眺め、一緒にいたのに何も出来なかった自分を悔いたリディアは考える。自分に何が出来るのだろう、と。
結果、彼女はルーシィの両親に一つの策を提案する。子供が考えた拙い、それでいてとんでもないような案に対して、ルーシィの両親は初め本気にしなかったが、ルーシィが誘拐されたのは事実。彼女の言う策が吉と出るか凶と出るか、結果は何年も、或いは十年以上も先になるかもしれない。しかし、誘拐事件から外に出ることに恐怖するルーシィのことを考えれば、藁にも縋る勢いだったのだろう。彼らはリディアの案を受け入れた。
リディアが提案したのは、簡単に言えば「養子を迎える」ことだった。
今後、自分と二人きりなのは年齢的にも性別的にも問題だ。しかし常に大人を傍に置くのも、大人の目が気になって遊びに集中できない。自分にもルーシィにも他に友人はいなかったし、今更作るにも時間がかかる。それなら孤児の男の子を引き取り、将来的にはルーシィのボディーガード或いは使用人として育てた方がいいのではないだろうか。
勿論、その子が他になりたいものがあると言うのなら、そちらの道に進むよう援助するのも視野に入れて。将来を決める段階になればルーシィも迂闊な行動をとらないし、中学を卒業する頃にはそれなりに友人も出来ているだろうから。とにかく、歳が違って家も然程近くない自分よりもっと身近に守ってくれる存在がいた方がいい。どちらかがトイレに立っても必ず誰かがルーシィの傍にいる状態にしたい。
そう言ったリディアに驚きの顔を向けるルーシィの両親は、内心彼女を本当に小学生なのか疑った。はっきりと、しっかりと自分の意見を述べる彼女の瞳には後悔が滲んでいる。もう二度と、ルーシィを危険な目に遭わせない為に、彼女が必死に考えた案だ。気持ちだけ受け取っておく、とその場では言ったが、ルーシィの父親は考えた。そして考え、ルーシィの母親にも、家中の使用人にも、そしてルーシィ本人にも伝えた上で、リディアの提案を飲むことを決めたのだった。
そして彼の孤児院巡りが始まった。振るいにかけるようで申し訳ない、と言ったのはリディアだ。しかし彼女もルーシィを守りたい一心だった。
歳はルーシィと変わらないくらい、上限は自分と同じ歳まで。男の子で、はきはきしている方が好ましい。誰とでも明るい声で話しているくらいが丁度いい、と言うのが、彼女が提案した養子の条件だ。
そうして見つかったのがルーシィのもう一人の幼馴染み兼同居人、リディアと同い年の男の子――ロキである。事情を話した上で彼に選択肢を与える。勿論、リディアと同い年と言え、彼女と同じくらいの理解力があるか不安だったが、彼はとにかく娘であるルーシィを守るため、将来的には専属のボディーガードとして養子になってくれないか、といったことを理解したらしく、こくんと頷いた。その時の彼にとって、自分が引き取られるとは思わなかったので、家族と言うものがどんなものなのか体験してみたかったのだ。
今更ルーシィに兄を迎えると言うのもどうかと思い、ロキはハートフィリア家の執事であるカプリコーンの養子となった。彼も独身でありながら子供が出来るとは思わなかっただろう。カプリコーンはルーシィの母親と縁があるらしく、彼は快く引き受けた。ルーシィの誘拐事件で冷静ながらも犯人を追うよう指示を出していたのはカプリコーンだから、彼もルーシィが心配なのだろう。元々住み込みの執事だったので、ロキはそのままハートフィリア家に住むことになり、彼は家族と言うものを、信頼し合う友人と言うものを得ることになったのだった。
後に、リディアが自身をここへ導いた本人だと言うことを知らないまま、彼女を深く愛するようになるのだが。
ゆっくりと、出来るだけ簡潔に少女は話す。聞いている三人は驚きの表情を浮かべた――否、一人だけうつらうつらと船を漕いでいる者もいるが。
「まあ、つまりロキってあたしのボディーガードなのよね」
「いや、そこにも驚きだけどよ……」
「それを提案したのがリディアだと言うことが驚きだな。いや、流石リディアと言うべきか。幼少の頃より聡明な頭脳を持っていたとは」
「今思うとあたしも驚くわ……当時はあんまり理解してなかったんだけどね」
「じゃあロキがリディアのこと好きになったのは、そういった要因もあるってことか」
「え?」
グレイに言われ、ルーシィはきょとんとした表情を浮かべる。う
「だって、自分を引き取るように言ったのがリディアなんだろ?」
「あー……でも多分、誰もリディアが発案者だって言ってないと思う」
「えっ」
グレイは唖然とした。自分に対して相談とも言えぬ相談をしてくる程、彼は彼女のことを好いていると言うのに。誰も引き取るよう言った張本人の話をしていないと言うのだ。
「だからさ、あたし運命だと思うんだよね。ロキがリディアのこと好きになったのは」
ルーシィ・ハートフィリアには密かに思っていたことがある。大好きな幼馴染みと、信頼する幼馴染みには自分にも、誰にも見えない運命の赤い糸が繋がっているのではないか、と。リディアに負けず劣らず本好きだからか、はたまたただの性格か。少女自身には分からないが、そう思うと自然と心が温かくなった。
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