10周年記念 | ナノ


迎えの車が到着し、何故か彼と一緒に迎えに来たバルゴにあっという間に席を決められ乗せられた。エルザ、彼女、ルーシィの順で一番後ろの席。ナツ、グレイ、僕の順で真ん中の席、そして助手席にバルゴと言う並びだ。どういう意図があるのかは分からないが、8人乗りとは言え男三人が同じ列に並ぶのはあまりにもむさ苦しい。どうせなら彼女とルーシィに挟まれたかったと言うのが本音だ。少なくとも彼女だけでも隣であれば、と心の底から思う。

発進してすぐは何かしらの話し声が聞こえた。仲が良いのか悪いのか、ナツとグレイはいつも通り口喧嘩しているし、僕の後ろ三人は余ったお菓子を開けて食べている。全身運動であるプールで遊んだ分、お腹が空いたのだろう。恐らく、帰ってからご飯を食べずに寝てしまうんじゃないだろうか。帰る頃には日も完全に暮れてしまうだろうしね。

プールで遊んでいる時、ナツが彼女に聞いていた。「海が苦手なのか?」と。荷物番をしている時に彼女が僕に話してくれたことを、ナツにも話すんじゃないかと一瞬焦ってしまった僕は、酷く心の狭い男だ。結局ナツの問いに彼女は「うん」としか答えなかった。

ホッと安心してしまった時に、ああ僕は何て醜いんだろうと思った。彼女に対する気持ちは衰えることを知らない。気持ちだけが膨らみ続け、溢れ出そうで、今にも破裂してしまいそうだ。それなのに気持ちを伝えることもしないで、独占欲だけが強くなっていく。自分自身に嫌悪してしまいそうなほ程に、それは黒く澱んでいるような気がした。

「皆さん寝てしまいましたね」

いつの間にか車内は静かだった。バルゴの言葉に振り向いて後ろの席を見たら、真ん中にいる彼女に寄り掛かるように、ルーシィとエルザが眠っていた。彼女も彼女で、二人に挟まれながらもぐっすり眠っている。開けたお菓子はきちんと輪ゴムで止めて手に持っていた。僕の隣にいるグレイとナツも同様にぐっすり眠っていて、起きているのは運転手のサジタリウスと助手席にいるバルゴ、そして僕の三人だけだった。

「随分とはしゃいでいたからね」

「貴方もお疲れ様でした。姫の護衛」

「まだ姫って言ってるのかい?」

「私にとって姫は姫ですから」

「ルーシィが怒るよ」

「お仕置きですね?」

「皆の前では言わないようにね」

それに、今日ちゃんと護衛していたのは彼女の方じゃないかな。男相手に力じゃ敵わないって分かっていても、彼女の中でルーシィは守るべき存在だから。どんなに屈強な男が相手でも立ち向かっていくんだろう。彼女は自分の戦い方をよく理解している。

「そう言えば、今日はプールだっていうのに何でアクエリアスが護衛として来なかったんだい?」

「彼女はデートだそうで、流石のリディアさんも空気を読んで、帰る頃連絡するので迎えに来てほしいと私に」

「……リディアが空気を読んだ、だと!?」

「リディアさんは、あれで色々考えているお方だと思いますよ」

そんなの、僕だって知っている。ルーシィだって気付いている。彼女は表に出さないから、僕らも気付かないふりをしているだけ……否、違う。結局分かり難いのは事実だから、色々考えていることは分かっても何を考えているのかは分からないんだ。何を考えていて、どう思っているのか、それが少しでも分かったら……僕への気持ちも分かるかもしれないと何度思ったことか。分かったところで、現状と変わらないのだろうけど。

「早く言ってしまえばいいのに。姫もよくそう言ってますよ」

「言えたら苦労してないさ」

「早くしないと他の誰かに取られちゃうわよ、と姫が」

「……本当にね」

本当に、取られてしまう。梅雨前に言っていた友人が誰なのか、夏休みに入る前に知ることは出来なかった。僕も受けている講義だし、仲が良いのなら話している姿を見られるかもしれないと思っていたのに。僕の知らないところで仲良くしているのだとしたら……嫉妬で今も黒く澱んでいる心が更に黒ずんでしまいそうだ。

本当に、言えるものなら言いたい。と言うか、言えるならとっくに言っていると思う。でも、彼女はいつだって僕なんかに興味はなくて、自分の好きなことを好きな時に好きなだけやっている子だったから。僕だけがいつも浮かれて、喜んで、気持ちが舞い上がってしまうんだ。他の同級生の子達よりずっと大人っぽい彼女は何だか遠い存在のように思えてきて、気持ちだけが残ったまま僕は今も彼女に言えないでいる。

彼女以外なら、甘い言葉もキザな台詞もするっと口から出るのに、彼女を前にするといつだって考えるのは嫌われないかどうかだ。当たり障りのない言葉を放って、彼女の反応に期待して、いつも勝手に落ち込んでいる。それも当然だろう。面白い話一つ出来ないで何を期待しているんだか。


心の中で自己嫌悪を繰り返していればあっという間に家へ着いた。途中、それぞれの家の前で寝ているのを起こしてから荷物と共に降ろし、「おやすみ」と言って別れたから、家に着いた時車内にいたのは僕ら五人だけ。いつも彼女は彼女の家ではなくルーシィの――僕らの家の前で降ろすから、その後は僕が彼女の家まで送っていく。たった数歩先の隣の家だけど。彼女が嫌がった例はないからいいんだと思った。

空のお弁当箱や、水着の入った鞄を持って彼女の隣に立てば、一瞬恋人のような錯覚を覚えたけれど、それは本当に錯覚で。彼女とルーシィが寝る時の挨拶を口にするのを眺めた。それが終わり、車が敷地内に入っていくのを二人で見送った後、僕らは彼女の家へ歩き出す。

会話らしい会話は殆どない。それでも僕は居心地が悪いと思ったことは、僕が一方的に気まずいと思った時以外には殆ど無かった。今日は、自己嫌悪のせいだろうか。少し気まずさを感じている。

彼女と並んで歩く時、僕らの間の距離はいつも人一人分開いていて、その距離がいつまで経っても埋められないんだ。手を伸ばしても届かないような気がして。実際は、少し腕を広げれば届くのに。

あっという間に家の前に着いて、僕は荷物を玄関先に置く。中にまでは入らない。こんな時間だし。そして僕は気晴らしに彼女へ問うた。今日は楽しかったか、と。思ったより早く答えが返ってきて嬉しくなる。はっきりとした返事が貰えたことも、楽しかったのかと言う問いに肯定の言葉が出たことも。嬉しくて堪らなかった。

そしたら突然、僕のサングラスを取って同じ問いを僕にもしてくる。勿論僕も楽しかったと答えたら、彼女が少し笑った。

彼女が突拍子もないことを言ったり、したりするのはよくあることだ。僕が出会った頃にはもうそのマイペースな性格は構築されていたように思う。今思えば何でそんな小さい頃から……と疑問に思うこともあったけれど、そんな彼女に惚れてしまったのも事実で。僕は考えるのをやめた。

彼女は徐にナンパ野郎のことでお礼を言ってきた。律儀な子だ。それに、僕がしたのは当然のことだしね。彼女から返されたサングラスをかけ直す。

「サングラスなんて外してきて、どうしたんだい?」

そう問えば、彼女は玄関の鍵を開けて荷物を持ち、戸を少し開けた。僕の問いに答えずに言ってしまうのかと思えば、振り返り口を開く。

「何となく、ね」

そう言うと後はおやすみとだけ言って中へ入っていった。僕はそれがやけに切なくて、行ってほしくなくて、引き止めたい衝動に駆られるのを抑えるので精いっぱいだった。だって、振り返りざまに見えた表情は、何かを愛しく感じているような気がして。それが何に対してなのか、知りたくて、知りたくなかった。

例えばそれが僕以外の誰かだったとしたら――考えただけで気が狂いそうだ。


2016.08.24

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