10周年記念 | ナノ


時刻は午後1時半を示す。昼食を食べ終え、食休みをしていたら、彼女がふと言った。

「……甘いものが食べたい」

麦茶を飲みながら呟くものだから、僕の頭には水饅頭や羊羹が過った。まあ、このプールの施設内に水饅頭や羊羹が売っているはずもないのだけれど。

「アイスでも買ってこようか」

「いや、でもアイスの気分じゃない」

「こんなに暑いのにアイスの気分じゃないってのも変な話だな」

「リディアの感性は俺達には分かんねえよ。いったい何が食いたいってんだ?」

「エクレア……」

どうして今に限ってエクレアなんだ……。彼女は気紛れな性格をしているけれど、まさかエクレアが食べたいだなんて誰が思うだろうか。少なくとも僕は思わない。

「でも無いのは知ってる。だからジュースでも買ってくるよ」

「麦茶とスポドリしか持ってこなかったもんね。あたしも一緒に行くよ」

「じゃあ僕もついて行こうかな。女性二人に持たせるわけにもいかないからね」

「ロキ、チャラい」

鞄から財布を取り出して立ち上がる。

「他に飲みたいものある人いる?」

ナツとグレイは炭酸、エルザはさっぱりする柑橘系のものだった。僕らは実際に見て決めればいい。立ち上がった彼女とルーシィに上着を着るように言うと、二人は持ってきたパーカーを羽織った。彼女は更衣室から来る時にも着ていたものだ。

自販機を求めてウロウロしていると、飲食店から漂うおいしそうな匂いに思わずお腹が空いたような錯覚をする。それは彼女も同じだったのか、店の方を少し見ながら歩いていた。

「もし、次に来る機会があればこういう店で食べるのもいいかもね」

「確かにね」

「でもリディア、大丈夫? いつもプライベートプールだし、いきなりこんな人の多いプールに来ちゃって、疲れてない?」

彼女の中でルーシィは最優先だ。ルーシィのことばかり考えている。でも、ルーシィも彼女が最優先で、いつも彼女が喜ぶ顔を見たいと思っている。僕の入る隙が無いくらいに、二人の距離は近い。

いっそ二人が付き合ってしまえば僕も諦めがつくのに。いや、彼女に限ってそれはないか。

「まあ、プールは全身運動だし、そこそこ疲れはあるけど、人によって疲れてるわけじゃないから大丈夫」

「楽しんでる?」

「うん」

彼女はルーシィに対して嘘をつかない。本当に楽しんでいるのだろう。それは僕にとっても喜ばしいことだった。出不精かと言えばそうではないと思うけど、彼女はどちらかと言えばインドアだ。家で本を読んだり、お菓子を作ったりするのが好きだから。彼女の作るお菓子は絶品で僕もルーシィもお気に入りだけどね。

でも、外に出て一緒に遊びたいと思うのも事実で。僕らが大学生に、ルーシィが高校生になってからは顔を合わせることはあっても、遊びに出るのはこうして長期休暇に入ってからだったし、ルーシィもきっと寂しかったのだろう。

彼女の返答に満面の笑みを浮かべたルーシィは足取り軽く自販機を探していた。

入り口付近まで歩いて漸く自販機を見つけ、僕が先に残った三人の分と自分の分を買って手に持つ。僕は少し考えた末、アイスコーヒーにした。微糖だ。

二人が何にするか悩んでいる間、次は流れるプールに行くのもいいなあ、なんて軽く考えていると声をかけられた。

「あのー、お一人ですか?」

三人組の女の子だ。女子大生だろうか。確かに僕は、自分達以外の人の邪魔にならないよう、自販機からそれた場所にいるけれど、先程まで彼女達と話していたのを見ていたら一人だなんて聞くはずがない。たった今見かけて声をかけたんだろう。

「残念ながら一人じゃないんだよねー」

「えー? でも、お時間あったら一緒にウォータースライダー行きませんかあ?」

見た目は可愛いと思う。見せる為の水着を着て、更に上に可愛らしいパーカーを着て、ウォータープルーフの道具でメイクを施し、髪もきちんとセットしている。可愛くあろうとする女の子はそれだけで可愛いし、僕も彼女と一緒でなければ声をかけていただろう。

「連れと行く予定だから、ごめんね」

女の子達は残念そうに、けれど可愛さをアピールすることも忘れず「ええー!」と声をあげた。彼女にもそのくらいの可愛げがあればいいんだけれど……いや、今も充分可愛いんだけどね?

ちらりと確認の為に彼女の方へ見てみれば、予想外にも――否、予想通りと言えば予想通りではあったけれど、ナンパ野郎二人に絡まれていた。主にルーシィが。

ルーシィはどんな男でも目を引くと思う程、可愛い容姿をしている。いつも隣にいる彼女は目立たず、ナンパの対象にならないことが殆どだが、極稀に彼女にもロックオンする男が数人いるもので。僕は油断してられない。今回はルーシィを庇ったことで目をつけられたみたいだ。

女の子達に「ごめんね」と言って避けるように動き出して、彼女達の元へ行く。

「僕の連れに何か用?」

見た目そこそこ。特別格好いいかと言われたらそうでもない。根元が焦げ茶で色が落ち始めた金髪に、複数のピアスをつけたナンパ野郎だ。僕が声をかけると睨みつけてきた。

「ああ? てめえ何だよ?」

「うん。だから、彼女達の連れだよ。で、何か用?」

自然と声が低くなる。自分が思うより低かったらしく、視界の隅で彼女がこちらを見るのが見えた。ナンパ野郎は小さく悲鳴を上げて足がもつれながらも逃げていった。そんなに怖がらせる程怖い声をしていたつもりはないんだけど。

「ロキ、ロキ。顔が怖い」

「えっ」

うっそ……最悪だ……彼女にそんな顔を見せるだなんて……。

「今サングラス外してるからね」

「そうだった……」

何で僕、サングラス忘れたんだろう……お昼ご飯前に体を拭いた時に外したんだっけ。ああ、数分前に戻りたいなあ。

「飲み物買えたし戻ろうか。ロキ、ちょっと持つよ」

「あたしもー」

「いっそ僕に罰を与えてくれ」

「何でそこまで重く考えるのよ!」

「そうだよ。助けてくれてありがとう。格好良かったよ」

彼女は狡い。すぐそうやって僕を褒める。思ったことの半分は口に出してしまうからだろうけど、それにしたって躊躇いが無さ過ぎる。あんまり褒められると嬉しくて死んでしまうよ。自分の大切な人だと言えなかった情けない僕なのに。

「リディアだって、僕の助けが無ければかっこよくルーシィを助けるだろう?」

幼い頃のように。

「まあ、相手が力任せにならない限りは、何とかできたかもしれないけど……でも、女の私じゃ出来ないこともある。だから、ロキが頼りなんだよ」

「うん。そうだね」

そうだよね。その為に僕はここにいるんだし。

「この後は流れるプールに行こうか」

「ああ」

君がルーシィを守るなら、僕が君を守るしかないんだ。


2016.08.10

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