10周年記念 | ナノ


季節が春から初夏に入り始めた頃。彼女は無防備に肌を晒して出てきた。

「日焼け止めと日傘!!」

僕は出会って開口一番、叫ぶように言った。

「いつも言っているだろう!? この時期は油断すると日焼けするんだ。日焼け対策はしっかりしてくれよ」

「別にロキが気にすることじゃないと思うんだけど」

確かに僕は彼女の恋人ではないし、身内でもない。身内みたいなものだ、とは思うけれど赤の他人だ。単なる幼馴染み。自分で言っていて泣けてくるけれど。それさえも彼女にとっては違うと思われていたら僕は正気でいられなくなるだろう。思ったことの半分は口に出してしまう彼女のことだから、そんなことはないと思うけどね。

「ほら、一旦玄関に戻って」

「んー」

不本意と言った様子で玄関に戻り、ポーチに入れっぱなしの日焼け止めを取り出した。入れているのなら塗ってから出ればいいのに、これでは二度手間だ。毎年入れっぱなしにしては翌年も平気で使おうとするから4月の頭に新しいものを買うように言うのも最早恒例と化している。勿体ない、まだ残っている、と言ってくるが彼女の綺麗な肌が荒れてしまったらそれこそ勿体ない。彼女の肌を守るためならいっそ悪者にだってなってやろう。

彼女は腕や脚、顔に日焼け止めを塗っていく。僕の前でも平気で服を捲り上げ肌を晒すものだから、こちらが視線を逸らさなくてはならない。慣れたと言えば慣れたが、正直やましい気持ちを抱かなかったことなんて一度も無かった。彼女の細い指が彼女自身の腕や脚を滑る様は、どんな女の子の裸を見るより甘美で艶めかしく見える。こんなことがばれたら僕は自害する以外の道が無いのだけど。

「日傘は邪魔」

「この時期、紫外線はぐっと強くなるんだ。そして9月まで油断しちゃいけない。今から日傘を使っておくに越したことはないよ」

何でそんなに詳しいんだ、と言いたげな視線を送られたが気にしない。僕はルーシィにも同じことを言ったし、その時ドン引きされたからこんな視線ではびくともしないんだ。

「だから、日傘は持っておこう。あと薄手のカーディガン、あっただろう? それも持っていって。無いよりマシだから」

カーディガンを持ってきた彼女は仕方なく、本当に仕方なく日傘を手に持ち、一緒に玄関を出る。戸締りをきちんとしてから日傘を開いて歩き出した。時間を見ればまだ余裕がある。涼しい場所でお茶でも出来るだろう。

薄いカーディガンを着た彼女は日傘を持っているせいかお嬢様みたいに見える。長い髪は天然パーマだとかでウェーブがかっていて、毛先はくるんと無造作に跳ねていた。今日はどうしてか結んでいないから、首元が暑そうだ。

「髪、どっかで結ぼうか?」

「んー……自分でやる」

「でもリディア、いつも変な位置で結んでるじゃないか」

自分に無頓着で案外面倒くさがりだから、彼女は三つ編み以外自分で髪の毛を殆ど結わない。料理する時は運動する時は別だ。しかしそれも大雑把に一つ結びで、位置もバラバラ。たまにサイドテールかポニーテールか分からない時もある。大学生になってからそれが顕著になってきたらしく、大学へ行く時は三つ編みさえ面倒だと言ってしないこともあった。今でも結構な頻度で三つ編みは見かけるから、本当に気分が乗らない時だけみたいだけど。

僕は、三つ編みも結構気に入ってたし、下ろしている時も好きだ。ポニーテールもツインテールもハーフアップもサイドテールも、彼女ならどんな髪型だろうが可愛い。断言する。可愛い。

「ヘアゴムは?」

「多分ポーチに入れっぱなし」

「ポニーテールにしてあげるよ」

「ん」

シュシュでもあればもっと可愛くなるのに、きっと彼女にはシュシュと言っても通じない。最近の流行りファッションは分からないと言いながら流行りのスイーツを口に運ぶ彼女だからね。

本音を言うと、僕の前でだけ可愛くしてほしいんだけど。他の男の目に晒すくらいなら地味な見た目でいてほしい。でもそれは僕の勝手な我儘だ。困ったことに、彼女は変な人に好かれやすいらしくて、その他大勢には地味だなんだと言われているのにその中の一人だけ彼女を好きになる人がいる。何だかんだ学生時代、彼女に想いを寄せる男子は途絶えた例がないくらいには。告白する勇気はなかったみたいだけど。

「今日はお昼、どこで食べる?」

「……ロキ、私以外に友達いるでしょ?」

「それが?」

「…………何でもない」

確かに、表面上の友達は何人かいる。ノートを貸し借りするだけの人とか、女の子を紹介したりされたりする人とか。友達と言うよりは本当にただのクラスメイト同然なんだけど。そんな人達といるより彼女と一緒にいた方が幸せだし心が安らぐ。彼女には僕以外の親しい友人は大学にいないようだし。これを幸いと言っていいのか、残念と言うべきか悩むところではあるけど。彼女は人付き合いが苦手だから仕方ない。

それに気付いたのは小学生の時だ。別々のクラスだった時も、彼女は僕とルーシィ以外とはあまり話さなかった。当時は僕とだって自分から話すことは殆どなくて、それでも一緒にいたのは彼女が少なからず僕に心を開き始めていたからだろう。ルーシィとは赤ん坊の頃からの知り合いだからか、随分と砕けた態度を取っていることから、心を許せば彼女の表情が見られる。けれど、彼女はクラスメイトにも先生にも心を開いているそぶりは見せなかった。

そして初めて同じクラスになった時、僕は思わず彼女に笑顔を向けた。その時僕はもう彼女の魅力に気付いていたから、同じクラスで一緒にいられることが嬉しくて仕方なかったんだ。けれど彼女は「そう」と一言だけ言って席に着いた。今も時々同じトーンでそう返されることがある。

幼い僕はそれがショックで、彼女は僕に興味なんて一切無いのだと知って、中学に上がるのと同時に荒れた。荒れたと言っても喧嘩三昧の日々、と言うわけではなく。元々女の子が好きだったおかげで女遊びを始めた。恥ずかしい話、彼女に僕への興味が無いなら興味を抱かせればいいと思った。つまり気を引きたかったんだ。結果は惨敗。彼女が僕を気にすることなんてなかった。まあ、小学生の頃に比べれば随分と打ち解けてくれたようで、一緒にご飯を食べるのも登下校を共にするのも嫌がらず受け入れてくれて、僕はますます彼女を好きになってしまうのだが。

他の人に比べて僕への優先順位はかなり上位に入り込むと思う。自惚れだと思われても、僕はそう思っている。それはまるで優越感のような感覚さえ抱かせるから、たちが悪い。中学生の浅はかな考えから女遊びに走った僕を見れば充分だろう。これは僕の黒歴史だから、墓場まで持っていく所存だ。

ただ、もし彼女が僕を見てくれるなら、きっとそれ以上に幸せなことはないのだろうと思う。彼女を知らない男にだって、僕の好きな人はこんな素敵で素晴らしい人だと内心自慢するくらいに。

でも、それが叶わないこと、彼女は僕に興味を持たないこと、彼女が僕を見ないこと、それらを直接聞けない自分。全部分かっているから、いつまで経っても淡い希望を捨てられず、彼女の言動で一喜一憂して中途半端なまま、ここまでこの気持ちを持ち続けてきたんだ。

「あ、三限休講だって」

「え、誰から?」

「同じ講義受けてる人」

僕の知らない君がいる。同じ学部じゃないから僕の知らない親しい人が出来たって不思議じゃないけれど、連絡先を交換するくらい仲が良いのかい?

「たまにこうやって連絡くれるの」

僕が相当驚いた顔をしていたからか、説明してくれた。僕は情けなくも震えそうになる声を何とか絞り出して口を開く。

「男……?」

「うん」

絶望した。淡い期待すら抱かせてくれないなんて、そんなのあんまりだ。

今まで親しい男の友人なんて作っていなかったのに。女の子とは数人、仲良くなる子もいたけれど。男は今までいなかったのに。何で今回に限って……本当に、今回だけなの? もしかしたら僕の知らないところで、仲のいい友人がいたんじゃないだろうか。

「ロキ?」

その人は本当に彼女を友人だと思っているの? 実は下心があるんじゃないのかな? でも、そうだとしても僕に何が言えるんだって話なんだけど。だって僕も彼女にずっと下心を抱いている。

「……今日、あれ食べたい。この間ロキが言ってたカフェのご飯」

「え、あ、うん。いいよ。連れて行ってあげる」

「ん」

ねえリディア、君の心の中がどうなっているのか、僕はいつだって気になって仕方ないんだよ。


2016.07.21

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