彼と私と黄色 | ナノ
06*話し相手

「それで、恋人と喧嘩して、そのまま出てきちゃったんだ?」

目の前の男はフフッと笑う。

「笑わないでください。どうせ私には浮気するような男の知り合いなんていませんよ」

「その恋人の幼馴染みとか言う人は?」

「浮気するような対象にならないので無理です」

頭が冷えた。カッとなって飛び出してしまう癖は昔から直っていないらしい。後悔も沢山してきたというのに、だ。

「それで、どうして僕だったの?」

「ダイゴさんが今、シンオウにいると聞いて」

昔からの知り合いであるダイゴさん。別の地方ではリーグチャンピオンでもあった彼は、現在その座を降りて趣味に興じているという噂だ。まあ、いずれは彼の父親の仕事を継いだり、或いは別の仕事をしたりするのだろう。

「驚いた。てっきり僕は、浮気相手にされるのかと思った」

「そんなまさか。ダイゴさんが私の恋愛対象になるわけがない。逆もまた然りでしょう?」

「そうだね」

だからこそ、こうして落ち着く為に会うのは最適だった。

「それにしても、話を聞けば聞くほど、そのピカチュウってミントちゃんに似ているね?」

「はあ? そんなわけないじゃないですか。どこが似ているんですか」

「意地っ張りで強情なところ」

そりゃあ、私は少し意地っ張りかもしれない。強情かもしれない。けれど、それじゃあまるで、あのピカチュウも私と仲良くなりたいみたいじゃない。

「あ、でもピカチュウは素直みたいだけどね。ミントちゃんは素直じゃないけど」

一言余計だな、おい。

「意地っ張りで強情で素直って意味分からないんですけど」

「素直な部分はミントちゃんの恋人に対して、だよ。ミントちゃんは恋人に対して素直じゃないだろう?」

私はこの人に恋愛相談なんてしたこともないし、ましてや私と彼の私生活を話したわけでもない。今回ちょっとだけピカチュウ絡みの話をしただけなのに、なんて洞察力。それともここは理解力と言った方がいいだろうか。どちらにせよ、流石元チャンピオンと言うべきだろう……否、この場合チャンピオンだったことは関係ないか。

「そういった意味では、そのピカチュウはミントちゃんが理想とする姿なのかもしれないよ」

「それはないです。絶対に。あんな猫被りのぶりっ子になんて死んでもなりたくない」

「まあ、君は他人の前ではだいぶ猫被りだけどね」

「はっきり言ってくれますね」

「僕とミントちゃんの間に遠慮なんてものはいらないだろう?」

「それもそうだ」

とは言え、私がこの人の前で猫を被っていないとは言い難いけれど。それでも、デンジと出会うまでの私にとって私の悩みを相談できる相手であったのだから遠慮という遠慮は殆んど無い。

「そうだ。初めはポケモン同士で仲良くさせるのはどう? 確か電気タイプのポケモン、持っていたよね」

「試しましたよ。ポケモンとは仲良くなってくれたけど、やっぱり私は攻撃されましたね」

「それならきっとミントちゃんとも仲良くなれるよ」

その後、これだと言うアイデアは出なかったけれど、他愛ない話をしたり、昔の話をしたり、ちょっとした息抜きになった。やはり昔馴染みというのはこういう時有り難いものだ。


「今日はお忙しい中ありがとうございました」

「まだちょっとだけシンオウにいるから、また何かあったら呼んでくれ。まあ、別のことを優先するかもしれないけどね」

「勿論。それが私とダイゴさんの関係じゃないですか」

「そうだね。それじゃあ、またどこかで」

「はい。お元気で」

お忙しい中、なんて言ったけれど、彼は今忙しいのかどうか実はさっぱり分からない。趣味に興じているなら尚更、暇なのではないだろうかと思う。まあ、別に関係ないのだけれど。


* * *


一週間程、町をフラフラして結局ナギサシティに戻ってきた。前に旅をした時はもうちょっと長くナギサを出ていたが、今回は特に当てもなく、話を聞いてもらったダイゴさんと別れた後は一人で行動していたくらいだ。

ずっと電源をオフにしていたことを思い出してつけてみると、相当な数の着信とメールの知らせが届いた。その大半がオーバだったが、三分の二程度はデンジからで胸の奥が痛む。

心配かけてしまっただろうか。それとも、前の旅行みたいに大して気にしていないのだろうか。今もあのピカチュウと仲良くジムにでもいるのだろうか。バトルが大好きでポケモンが好きで、改造が好きなデンジのことだからきっとジムにいるのだろう。

「……開いてないんだけど」

まさかジムが開いていないなんて。電気すらついていない。扉の前に謝罪文が貼り出されているが、これもデンジ本人が書いたか怪しいものだ。一体彼はどこで何をしているというのか。

自分から連絡を取るのはどうにも気が進まない。しかし帰ってきたことを知らせなければいけないとも思う。デンジの部屋に行ってみるのが一番早そうだ。


デンジの部屋の前で、丁度部屋から出てきたらしいオーバと鉢合わせた。私を見た途端、驚いた顔をしてからガシッと私の肩を掴む。まるで逃がさないとでも言うように。

「お前! 今までいったいどこにいたんだよ!!」

「えっと……ズイとか、コトブキとか、ソノオとか……」

「場所を聞いてんじゃねえよ!」

じゃあ何を聞いていたんだ。

「とにかく早く中に入ってデンジと会ってくれ!」

そう言われて、背中を押されながら部屋に入れられた。中は私が出ていく前に見たものと大差ないと思ったが、大量に放置された洗濯物が一週間という長さを物語っていた。

「こいつ、この間やっとミントを探しに行ったと思えば、ミントが知らない男と会ってたとかでそのまま帰ってきてウジウジしてるんだ。早く誤解をといてやってくれよ」

テーブルに突っ伏したデンジがこちらを見る。一瞬驚いたが、オーバの言っていたように男と会っていたことを思い出したのか顔を逸らした。

「もしかして、ダイゴさんのこと?」

「ご、誤解じゃない、だと……」


2015.04.26



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