彼と私と黄色 | ナノ
05*彼の思惑

どうなってるんだ、これは。

「おい、チマリはうちの大事なジムトレーナーだ。そろそろ解放してもらおうか」

「そっちこそ、チマリちゃんを危険な目にあわせておいてそれは無いんじゃないの? 解放してほしければそのピカチュウをオーバに渡しなさい」

俺かよ。

「嫌だ」

「やっぱりデンジ、そのピカチュウのこととっても気に入っているのね。薄々感じていたことだけれど……」

まさかチマリを巡ってこんなことになるなんて、誰が予想しただろうか。デンジはピカチュウを抱え、ミントはチマリを抱えている。いくら子供とは言え、バトルできるくらいの年齢であるチマリを抱きかかえるなんて、俺は時々ミントが本当に女の子なのか疑う時がある。

「見てみなさい! ピカチュウが大好きで仲良くしたいと思っただけなのに攻撃されたチマリちゃんのこの怯え方! 相当怖かったのよ! トレーナーの躾がなってない証拠だわ」

「ピカチュウだって突然抱き付かれたら吃驚するだろ。それにちょっと攻撃しちまっただけだ」

「チマリちゃんは前から抱き付こうとしたそうじゃない」

「それでも驚くだろ」

デンジとミントが喧嘩をすることは珍しいことじゃない。それはピカチュウが来てからに限ったことではなく、この二人は出会った当初から案外口喧嘩が多いんだ。今では俺も見守っているが、初めは何度喧嘩の仲裁に入ったことか。しかしまあ、この二人にこそ、“喧嘩するほど仲がいい”という言葉が相応しいんだと思う。

「ていうか、デンジは何なの? そうやっていつもピカチュウばかり味方して、私の話を少しも聞こうとしないじゃない」

「こうやって聞いてるじゃないか。それでも不満だと言うのか?」

「当然でしょ! これは『聞いている』の内に入らないわ。だってこれは話し合うのが当然な状況だもの」

今回は流石に仲裁に入った方がいいかなって思う。デンジの態度もちょっと悪いところがあるし、ミントも怒りすぎだ。

「ピカチュウが悪さしたわけじゃないのに、お前が怒るからだろ。お前だって俺の話を聞いたことがあったかよ」

ほら、そうやって言うから、ミントはいつも悲しそうな顔をする。

「おい、デンジ。その言い方はないぜ。お前が話を聞かないのも事実だし、ミントが怒りすぎっていうのも事実なんだから少しは冷静に話し合えよ」

「オーバは黙ってろよ」

「黙ってられねえから言ってるんだろ」

ミントは負けず嫌いだ。その上で他人には猫を被る。世渡り上手ではあるが少々常識知らずで、大人っぽいかと思えば子供っぽい。多分それは俺以上にデンジが理解していたはずだった。

「…………してやる」

「あ? なんだよ」

「私も、他の男と会ってやる」

その場に冷たい空気が流れる。この喧嘩は今まで見てきた二人の口喧嘩ではない。ミントはカッとなるとすぐ怒るが、本気で怒る――つまりキレると冷めた表情をするんだ。

「お前、俺とオーバ以外に男友達なんていないだろ? 強がるなよ」

「何とでも言えばいいわ。デンジはそのピカチュウとラブラブちゅっちゅしていればいい」

「いや意味分かんねえよ」

ミントはそっとチマリを下ろして、頭を撫でた後にデンジを睨むように一度こちらを見るとそのまま背を向けてどこかへ行ってしまった。

「おい、デンジ! 今回はこの間みたいなちょっとした旅行ってわけでもなさそうだぞ! どうするんだよ!?」

「勝手にさせとけよ。あいつはどうせ行く当てもなく最終的に戻ってくるんだから」


なんて悠長なことを言っていたデンジだったが、『他の男と会ってやる』というミントの言葉が相当利いたらしく、こいつは三日程ジムを開けなかった。その間に来た挑戦者はいないが、もしいたら大問題だ。

しかも、家事もままならないしポケモンの世話すらまともにできていない。これは重症である。

「さっさと謝っちまえよ」

「謝ったら負けかなって」

「でもお前、相当堪えてるだろ。もう限界だって顔してるぜ?」

「限界に決まってるだろ! いい加減にしろ! 俺は十二時間ミントに会えないだけで禁断症状が出るんだぞ!!」

「そんなこと威張って言うなよ!!」

その癖、謝ったら負けとか言ってるんだからしょうもねえな。一応俺がミントに連絡取ろうとしてみてはいるけど、電話には出ないしメールも返ってこない。電源を切っているみたいだ。

「本当に浮気してるとか……」

そうボソッと言うと、デンジがビクッと反応した。やっぱり心配なんじゃねえか。素直じゃねえな。まあ、それはミントも同じだから、本当に似た者カップルだぜ、こいつら。

「あいつも強情だからな。自分からは戻ってこないと思うぜ」

タイミングを逃して戻りにくい可能性はあるかもしれないけど。

「そういえば、あのピカチュウはどうしたんだ?」

「ああ、あいつなら最近元気がなくてさ。ジョーイさんに診てもらったけど異常はないし、ご飯も食べるから大丈夫だとは思うんだけど、今は寝室で寝てる」

「本当に大丈夫なのか?」

「まあ熱があるわけでもないし、いつも通りすり寄ってくるから大丈夫だろうとは思う」

「いつから?」

「ミントがどっか行ってから」

「おい、それって……」

まさか、そういうことなのか?

「だから言っただろ。ミントとピカチュウは気が合うし、仲良くなれるんだよ」

「単純に、お前に元気がないから責任感じてるだけじゃねえの?」

「あんなに元気よくミントに攻撃してるのに、そのくらい反抗してるのに、いなくなって俺が元気ないくらいで自分も元気なくなるような奴じゃねえよ」

なんだよ、ちゃんと理解してんじゃねえか。それならそうと言えばいいのに、つくづく素直じゃないな。

「何でお前、あのピカチュウ連れて来たんだよ? 勝手に着いてきたなんて嘘だろ?」

「そんなの決まってるだろ? ミントに似てたからだよ」

いや、でも連れてくる前にあのピカチュウのことをそこまで知っているのはおかしな話だし、こいつが何言ってるのか理解できない。


2015.04.17



back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -