03*恋敵
「私、暫くナギサを出るわ」
「はあ!? どこ行くんだよ!」
「丁度コンテストを見たいと思っていたの。あとミオの図書館にも行きたくて。丁度いいから2、3日旅に出るわ」
そしたらデンジとも、あのメスのピカチュウとも顔を合わせなくて済む。もうあんなイライラするのは嫌だ。
「顔の傷も治したいし」
「でも、先延ばしにするとどんどん会い辛くなるぞ」
「その時はその時よ」
旅をするのはどれくらい振りだろうか。ほんの数ヵ月前までは旅をしていたのに、もう随分と旅をしていなかった気がする。ほんの数日だったと言うのにあの騒がしい日々が嘘だったかのよう。それくらい、外の世界は静かだ。
トバリシティのデパートで買い物をしたり、ヨスガシティでコンテストを見たり、ポフィンを作ったり、ふれあい広場でポケモンと触れ合ったり、ミオシティの図書館で本を読んだり。とても有意義な旅だった。
「お前! 心配したんだぞ! 急にいなくなったりして、何かあったのかと思っただろ」
「……デンジ」
二週間くらい旅をしていたのだけれど、どうやら心配をかけてしまったらしい。オーバに言っておいたからてっきり心配なんてしないのだと思っていたから思わず嬉しくなる。
「旅に出るなら俺に言ってから行けよ」
旅に行くことについてはいいのか。
「で、お土産は?」
早速お土産をせびるとはいい度胸だな。
「ピカチュウが最近よく食べるから食べ物以外で」
「ポフィンしかないわよ! 注文の多い男ね! 少しは女の子の気持ち分かりなさいよ!」
「いや、俺、男だから」
「知ってるわ!!」
ポフィンの入った袋を投げつけてポケモンセンターに逃げ帰った。
「あれでも初めは警察に届けるとか言い始めたんだぜ」
「本当に馬鹿なんじゃないの」
警察沙汰にならなくてよかった。
「少しくらい顔見せに行ってやれよ」
「嫌よ。メスのピカチュウには敵視されるし、デンジとは喧嘩するし、もう私はきっとデンジの元へ行くべきではないのだわ」
「お前まで拗ねたら収拾つかなくなるぞ」
オーバははあ、とため息を吐く。そりゃあ、仲良くなれたらそれに越したことはないのだろうし、もっと寛大な心を持って接すればピカチュウにもデンジにもイライラしないのだろうけれど。それでも、私は海のように広い心を持ち合わせてはいないから。
「ピカチュウに対して寛容になれとは言わねえよ。ただ、ちょっとくらいスルーする心を持ってみてもいいんじゃねえか?」
スルー? つまり、笑ってやり過ごせと言うの? あの子、下手したら私に対して10万ボルトでも撃ち込んでくる勢いだというのに。それに対しても反応せずにただただやり過ごせと?
「だってミント、デンジのことは好きだろ? 別れることなんて考えられないだろ? じゃあお前が許容するしかねえじゃん」
確かに、私は少し我儘だったかもしれない。自分の意見を正当化しようとしていたのかもしれない。それをほんの少し改めて、ピカチュウを許容すれば、今よりもっとマシな関係になれるのだろうか。
「ミント……やっとちゃんと顔が見られた」
「ポフィン、投げつけちゃってごめんなさい……」
でもピカチュウが私の顔を引っ掻いてきた時、私の話も聞かずにピカチュウの味方をしたことはまだ許さない。
「お前のポフィン、ピカチュウが気に入ったんだ。また作ってやってよ」
またピカチュウか。そりゃあ、デンジ自身が気に入っていなければ傍に置いておくこともしないだろうし、気にかけてあげるのも無理はないけれど、それにしたってピカチュウばかり大切にされている気がする。
「私、やっぱりあのピカチュウのことあんまり好きになれない。でも、仲良くできたらいいなとは思うの」
「それって本当に好きじゃないのか?」
「好きじゃないの! だけど、仲良くなりたかったのよ……それと、デンジをとら、」
視界に黄色を捉える。それが近付いてきて、私の顔面にぶつかってきた。小さくて可愛らしい足が。
「ピカチュウ!?」
私が今まで見てきたポケモンで、こんなに多彩な技を繰り出すものがいただろうか。否、そんなポケモン見たことがない。全種類を見てきたとは言わないけれど、それにしたってこの子は特殊すぎる。
「――んで……なんでピカチュウがとびげりなんてできるのよ! ふざけんじゃないわよ! わざとじゃないなんて言わせないわよ!?」
ファイティングポーズをするピカチュウ。この子、本当に私のこと嫌いなのね。
「いいわよ。あなたが私のこと嫌いなのは仕方ないわ。こっちはできることなら仲良くなってあげてもいいと思っていたけれど、そっちにその気がないのならダメね。だからここから先、私達は敵よ」
それにピカチュウは頷く。そして、私と彼女の心の中で恋敵と言う言葉がシンクロした気がした。
2015.03.28
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