彼と私と黄色 | ナノ
02*傷だらけの女の子

「……どうしたんだよ、その顔」

若干引き気味にオーバに言われた。それもそのはず。私の顔はひっかき傷でいっぱいだ。我ながら酷い顔をしていると思う。

「メスのピカチュウにやられた」

「ピカチュウって、最近デンジに着いてきたって言う、あの?」

「知っているの?」

「デンジ本人から聞いた。いつの間にか着いてきてたみたいで、ナギサに入る頃気付いたってさ」

「あいつは馬鹿なの?」

そのせいでこんな様よ。

「ミントはピカチュウ嫌いじゃないだろ? 何で仲良くできないんだよ?」

「こっちは歩み寄ろうとしてるのにあっちが拒絶するの。私のせいじゃない」

この世は小さいものに弱い。小さくて可愛らしいものを被害者にするのだ。全部大きいもののせい。とんだ世界だ。

「言っておくけど、私は一度も手出してないわよ」

「だろうな。お前、それでもポケモン好きだしな」

あのピカチュウがなぜあんなにも私のことを嫌うのか分からない。デンジと仲良くしてるから? 彼女だから? それとももっと別の何か? 全く思い当たる節がない。

「ちなみにその顔になった経緯は?」

「話すと長いわよ」

「今日はそのために呼んだんだろ? 付き合ってやるから怖い顔するのはやめろよ。傷のせいでますます怖い」

こっちはこの顔にされたせいで昨日から機嫌が悪いから今更どんな顔をすればいいのか分からないんだけれど、とりあえず昨日のことを話し始めた。


* * *


「言っておくけど、デンジと付き合っているのは私なんだから、そのデンジの彼女と少しくらい仲良くなろうとは思えないわけ?」

ペッと唾を吐き出された。このネズミ、デンジの前では相当猫被っているわね。ネズミなのに。

何だか色々喋っているけど生憎私には理解できない言語だから黙っていれば、跳び蹴りを食らわせてきた。ピカチュウがとびげりを覚えるなんて聞いてない。知らない。しかも丁度脛に当たった。痛い。

「狙ったわね……?」

思わず涙目になっていると嘲笑するように声を出して笑い始める。こんなに可愛くないポケモン初めて見た。

「そんなに私のことが嫌いなら、もう勝手にしなさい。でもね、デンジはあなたに着いてきてほしくないから私に預けたのよ。それを理解しているなら自由にすればいいわ」

恐らくデンジが用意したと思われるピカチュウの餌を皿に盛っておいておく。勿論水も一緒に。こうしておけば暫く大人しくなるだろう。一応餌の上には木の実を粗い粉状のものをふりかけておいたから栄養バランスは問題ないはずだ。

あとどうせデンジのことだから寝床なんて作ってないだろうし、適当なタオルケットを使って作っておいた。これで夜は寒くないでしょ。文句は言わせないわ。

「私もお腹すいた……」

デンジの部屋って基本的に飲み物くらいしかないのよね。料理は気紛れにしかしない上、外で食べてくることが多い。

「ピカチュウ、私ちょっと買い物行ってくるけど、大人しくしててね」

返事はない。まあ返ってくるとも思っていなかったけれど。


「どうやら大人しくしていたみたいね。結構お利口さんじゃないの」

尻尾で足を叩かれた。だから何でこの子はいつも私の足を狙うの。位置的な関係?

私が自分のお昼ご飯を作っていると背中にチクチクと痛い視線を送ってくる。私が帰ってきたことに不満があるようだ。一応世話を頼まれたのは私だから、放置するわけにはいかないんだけど。

まあ、だからと言ってこのピカチュウとうまくやれるはずもないのだけれど。ご飯を食べている最中に背中とか横腹に蹴りを入れてくるんだけどこの子は特殊なピカチュウなのだろうか。

「お腹もいっぱいになったし、掃除でもしよう」

何でこの子は私の行く先に着いてくるのだろう。掃除の邪魔なんだけど。

「ちょっと。片付けたそばからデンジの服を箪笥から出すのはやめて」

くんくん、とデンジの服のにおいを嗅いだかと思えば、今度は私の肩に乗って私の服のにおいを嗅ぐ。そして頬にパンチを入れてきた。ちょっと待て、どういうことだ。

「痛いっ! 意味わかんない! 何で急に殴りかかってくるのよ!」

ファイティングポーズで軽快なステップを踏みながら腕を突き出す仕草はとてもピカチュウとは思えない。

「なに!? 服のにおいが同じ!? 同じ洗剤使ってるから当然でしょ!」

そう言ったら箪笥をうまい具合に使ってジャンプしたピカチュウが私の顔を引っ掻いてきた。ピカチュウはひっかくなんて覚えないはずなのに、本当このピカチュウは何者なのよ!

「痛い痛い痛いいたい」

みだれひっかきまで繰り出してきた。

「もうっ! 鬱陶しい!」

「何の騒ぎだよ」

突如低い声がして振り返ると、そこには驚いた顔をしたデンジがいた。

「デンジ!」

私が名前を言うと今まで私の顔を集中攻撃していたピカチュウが一目散にデンジの胸に飛び込む。おい、それは私の役だろ。

「なんかピカチュウが泣いてるんだけど」

「はあ!? そのピカチュウ、私の顔をこんなにしておいていけしゃあしゃあとウソ泣きしてるの!?」

「どうせちょっと引っ掻いちゃっただけで怒ったんだろ? 許してやれよ。わざとじゃないんだろうし」

わざとじゃなかったら何だと言うのよ! 不可抗力でみだれひっかきをしたとでも言うわけ!? ていうかデンジはピカチュウの方を信じるって言うの!?

「デンジの馬鹿!!」


* * *


「そう言って腹に一発お見舞いしてからデンジの部屋を出たわ」

「まあ、デンジもちゃんと状況を聞かなかったのが悪いけど……つまりミント、お前デンジとも喧嘩したってことか?」

「その通りよ」

「どうするんだよ。あいつ、わけ分からなくて謝るにも謝れねえぞ」

「私はデンジが自分の過ちを認めるまでは絶対に許さない。あのメスネズミもだ」

「ミントちゃん、口悪いですよー……」


2015.03.17



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