01*黄色い女の子
「ついてきた」
淡々とそう言う彼と、そんな彼の腕に昔見た腕に付ける風船の人形みたいにがっしりしがみ付く黄色いポケモン。何だかその鳴き声がぶりっ子よろしく気持ち高めの声な気がしてならないのは、私の心が狭いのだろうか。
「ついてきたって……そのピカチュウが? いったいどこで?」
「いつの間にか。まあ、一匹増えたところで大して変わらないだろ」
そんなことはない。デンジのポケモンもいっぱいいるし、私のポケモンだっていっぱいいる。それにデンジはピカチュウの進化系であるライチュウを既に持っているじゃないか。それなのに彼は尚ピカチュウも育てると言うのだろうか。
「まあ、可愛いけどね、よろしく、ピカチュウ」
挨拶をしてみれば、一瞬こっちを見た後無視をされた。どういうことだ。しかも私の見間違いじゃなければあかんべーをされている気がするのだが、どういうことだろうか。何だかむかつく。
「でも、返してきなさいよ」
「誰かに貰ったわけじゃないし、コイツが離れないんだよ」
「デンジ、普段から電気タイプに囲まれているから静電気でも帯びているんじゃないの? ほら、特性せいでんきは電気タイプのポケモンを呼び寄せるし」
「そんなわけあるか」
まあ、それは関係ないにしても、このピカチュウがデンジに対して非常に猫を被っているというのは確かだ。尻尾の形から察するにメスだし、大方このメスのピカチュウが人間のデンジに一目惚れでもしたのだろう。
「ほら、このピカチュウも悲しそうな顔をしてる。お前が追い出そうとするから」
「べ、別に追い出そうとしているわけじゃないわよ……ただ、そのピカチュウにも家族とかがいるんじゃないかなあって思って」
「お前家族いるの?」
デンジがピカチュウに問うとピカチュウは首を横に振る。
「いないってさ」
「そんなわけあるか」
何なの。デンジは何でそんなにピカチュウの味方をするの。そのピカチュウを気に入っているとでも言うの。
「お世話は自分でやってよね」
「なんだよ。別にミントに懐いていないわけじゃないだろ。ほら」
ピカチュウが私の足元にやってきた。それを見ているとあろうことかピカチュウは私の足を踏んだ。可愛らしい鳴き声をあげて。
「ほら、懐いてる」
「これのどこを見れば懐いている、なんて思えるのよ!」
懐くどころか嫌われているわ。完全に。
* * *
「随分と仲良くなったものね」
昨日の今日であんまりピカチュウと会いたくなかったのだけれど、デンジに呼び出されて本当に仕方なく彼の部屋にやってきた。
「俺が座ってると膝に乗ってくる」
「それで? 結果的に胡坐の上に座らせることになったって? ちょっと甘やかしすぎなんじゃないの」
「なんだよ、そんなにピリピリして。あの日か?」
「最低!!」
私は別にデンジと一緒に住んでいるわけじゃないから、私が彼の部屋を去った後どうなったのかなんて分からないけれど、それにしても仲良くなりすぎというか甘やかしすぎというか。イライラする。
「そうだ。俺、今日は午後から用事があるんだよ」
「昨日もそう言って出かけて、帰ってきたかと思えばこのピカチュウを連れてきたのよね。一体何をしているの?」
「ちょっとした用事」
「浮気?」
「俺がそんなことすると思うか?」
「見た目的には」
そう言ったら頬を抓られた。女の子の顔になんてことを。
本人曰く、知人の弟とバトルをして鍛えているらしい。デンジに知人なんているとは思えないから多分その知人はオーバだろうけれど。
「で、このピカチュウを預かってくれないか」
「お断りします」
「即答かよ」
それ以外の選択肢はないよ。
だってこのピカチュウ、完全に私を敵視しているもの。私のことが嫌いみたい。それに比べてデンジのことは大変気に入っているみたいだから、自分以外の女がデンジと仲良くしているのが気に食わないんだわ。
「デンジのポケモンでしょ。責任もって育てなさいよ」
「別にゲットはしてないんだけどな」
「……は?」
「たまたま持ってなかったのと、家に帰ってきてからも入る気配ないし、気紛れで着いてきただけだと思って」
それにしちゃあ随分と気に入られている。一体このピカチュウは何が目的だと言うの?
「そんなわけで、頼んだ」
「ちょっと!」
デンジは私にピカチュウを押し付けて出かけてしまった。あいつ、私を呼んだのはこれが理由か。
「ど、どうしろって言うのよ……」
扉がパタンと閉まりきった途端、ピカチュウが私の腕から抜け出す。そして私を見るとあかんべーをした。やはりあれは見間違いではなかったのだ。
「あのね! こっちは仲良くしようとしているんだから少しくらい心を開いてくれてもいいんじゃないの!?」
ぷいっとそっぽを向かれる。ここまでポケモンに嫌われることは初めてで、どうしたらいいかも分からない。私自身も、このピカチュウにイライラしてしまっているから尚更だ。
たかがポケモンが懐かなかったくらいで、なんて思うかもしれないが彼女だって生きている。意思がある。意思の疎通は可能なのだから、話し合いだってできるはずなんだ。それを彼女が放棄するのだから、私ではもう何もできない。
「デンジのことが好きなら、せめて私にも愛想くらいよくしてくれたっていいじゃない……」
ボソッと呟くように言うと、ピカチュウはこっちを見た。そして何かを話し出す。残念ながら私にピカチュウの……ポケモンの言葉を理解することはできないのだけれど。
彼女ももしかして仲良くしたいと思っているのだろうか。ただ、その方法が分からないとか、タイミングを失ってしまったとか……。
困ったような顔をしていたら、フッと鼻で笑われた。やっぱり仲良くなんてなれそうにない。
2015.03.07
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