彼と私と黄色 | ナノ
10*黄色い嵐

「最近は顔を狙わないと思って油断したわ……」

特にポケモンの技というわけではないのだが、ピカチュウが後ろ蹴りをするように尻尾を私の顔に命中させた。アイアンテールだったら死んでたな、と思いつつも結構な痛みが私を襲う。

「すみません……うちのピカチュウが……」

「いや、もうこの態度にはだいぶ慣れたので」

ブリーダーの彼がピカチュウの様子を見にきていた時だったから、彼は申し訳なさそうに頭を下げる。

「どうしてミントさんに攻撃するんだろう……?」

「私がデンジの彼女だからかと」

「えっ!? そうなんですか!?」

デンジも軽くそういうところがあるけれど、彼は相当鈍感のようだ。

自分のトレーナーが来ていたことに気付いたピカチュウは彼にすり寄る。そして抱き上げられると頬をペちぺち叩いて何かを話した。

「え? 一緒に帰る?」

それに元気のいい声で鳴いた。ところで彼はどうしてそういうところだけ意思疎通ができるのだろうか。

「デンジ、ピカチュウは彼と一緒に帰るみたいよ」

「そうか。随分と長い間うちにいたけど、ちゃんとトレーナーの元に帰ることができるならよかったよ」

珍しく機械弄りをしていなかったらしいデンジがジムの奥から出てきてそう言った。

「その言い方、本当は野生じゃなくてトレーナーがいるって気付いていたんじゃないの?」

「あ……」

「やっぱり!!」

おかしいと思ったのよ。野生なら捕まえちゃえばいいのに、ずっと外に出していたし、モンスターボールに入る気配がないって言ってもあれだけ懐いていて入らないのはおかしい。一度入った後ずっと外に出ているのならまだしも。

「分かってたなら言いなさいよ! それにちゃんとトレーナー探しなさいよね!」

「ちゃんと探してたって。だからお前、ここに来たんだろ?」

「え……確かに僕は他の町で噂を聞いて来ましたが……」

「それだ、それ」

「だから、そういうことはちゃんと言いなさいって言ってるのよ! 馬鹿!」

思わず胸倉に掴みかかろうとしてしまったがギリギリで耐えた。

「でも、おかげでこうして見つけることができましたし、ありがとうございます」

彼が頭を下げるとピカチュウは一度デンジの胸に飛び込む。本当、この子は積極的だ。デンジにすり寄って、甘えた声を出して、頭を撫でてもらっている。

「もう他の人に着いていっちゃダメだぞ?」

「連れてきたお前が言うか」

「だから、勝手に着いてきたんだよ」

「あの、本当にご迷惑をおかけしました。お世話をしてくださったのがお二人でよかったです。ありがとうございました」

デンジのポケモンの中にライチュウがいたし、電気タイプのポケモンを扱うジムだったこともあってお世話が難しいことはなかった。けれど、大変だったのは事実だ。特に私は。口には出さないけれど。

「こちらも、もっと早くトレーナーを探すべきでした。着いてきたみたいだったので野生かと思っていて……」

「お前がな」

デンジに肘鉄をしてから「本当にすみません」と謝ると彼は首を横に振る。

「ピカチュウが前よりずっと活き活きしているのは、きっとあなた達と一緒だったからだと思います。僕もピカチュウをよりピカチュウらしく、育てていこうと思います」

あまり自由にさせ過ぎるとイケメンを見つけた途端着いて行ってしまうんじゃないかと思うのだけど……まあ今は言わないでおこう。

「ピカチュウ、元気でな」

「もう勝手にいなくなったりしちゃダメよ?」

デンジから離れてブリーダーの彼の元へ移動する。ピカチュウが鳴き声をあげて手招きをするから、デンジが自分を指させば首を横に振って私を見た。

「え?」

驚いて一瞬固まってしまったけれど、ゆっくりピカチュウに目線を合わせると、ぺちんと頬を叩かれた。ちょっと待て、私が何をしたと言うんだ。まあ、痛くないけれど……痛くない?

私が呆然としている間に今度はデンジを手招きして、顔を近づけたデンジの頬にチュッと口をつけた。

傍から見れば微笑ましくも見えるそれに、ピカチュウの目線に合わせたまま呆然としていた私はますますわけが分からなくて、気付いたらピカチュウに髪を引っ張られて頬に何かがチュッと当たった。

「ピカチュウなりのお礼です。親愛を込めての」


* * *


「ピカチュウがトレーナーの元に帰って元気なくなってるかと思った」

ピカチュウが帰って三日。

「だから言っただろ。トレーナーがいることは分かっていたし、探してたって」

それにしても仲が良すぎていたような気もするんだけれど。ピカチュウだって本当にデンジに恋をしていたと思うし。

「俺より、お前の方が寂しんじゃないのか?」

何言ってるのよ。もう攻撃されなくて済むし、顔も、腕も、足も、背中も傷つかなくて済む。会えば睨まれ、触れようとすれば威嚇されると言うこともない。大喧嘩することもないのだ。

「……まあ、ちょっと寂しいかな」

「珍しく素直だな」

「ちょっとよ。ちょっとだけね」

今日は挑戦者もいなくて、暇を持て余したデンジは機械弄りに勤しむ。何が楽しいのか分からないけれど、これでまた私は構ってもらえない。ピカチュウのことはあんなに構っていたくせに。

「……構いなさいよ」

「はいはい」

ピタリと機械弄りをやめるなんて、今日の天気予報は晴れだった気がするのだけれど、もしかして外れるのだろうか。

「安心しろよ。ピカチュウがいなくても俺が構ってやるから」

軍手を外すと私を抱きしめる。恋人っぽいことを久し振りにした気がすると言うのは悲しすぎる現実だな。

「ねえ、どうしてあのピカチュウを連れてきたの?」

「勝手に着いてきた。何度言わせるんだ」

「追い払うことだってできたし、トレーナーがいると分かればポケモンセンターに預けることもできたでしょ」

「だってミント、俺が忙しいと寂しそうだからな」

だったらあんたが構いなさいよ、という意味を込めて頬を引っ張ってやった。

「あのー、失礼します」

「えっ!?」

「お前……なんでここに?」

ピカチュウを連れた彼が入口に立っていて、思わず顔が熱くなる。デンジから素早く離れてからどうしてここにいるのか聞いてみると、またピカチュウが原因らしい。

「実は、昨日ゲットしたポケモンとピカチュウの仲が悪くて、どうにかしたくて……」

そこにはピカチュウと火花を散らすパチリスがいた。

「電気タイプに好かれるんですね……」

「昔から静電気が起きやすくて、多分それが原因かなって」

えへへ、と照れるが、褒めたつもりは毛頭ない。

ピカチュウと対峙しているということはこのパチリスはメスと見た。ブリーダーの彼も結構なイケメン……よく顔を見てみると顔立ちや髪型が多少デンジと似通っている気がする。デンジを爽やかにして穏やかな好青年にしたらこんな感じだ。

なるほど。それであのピカチュウはあんなにデンジに懐いていたのね。そして、このパチリスも彼に惚れてしまった、と。

「……で、何で攻撃の矛先が私に向くのよ!!」

ピカチュウのキックとパチリスの尻尾の攻撃が私に向けられ、何度目かの地面との対面を果たす。ピカチュウのせいで何度こんなことになったことか。

「なによ」

こちらにやってきたピカチュウにそう問うと、私の口にチュッと口が当てられた。

「あ、もしかして俺のライバル?」

「そういう話じゃないでしょ!? 何でそんなことになったの!?」


fin

2015.05.28



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