彼と私と黄色 | ナノ
09*彼女の判断

かれこれ小一時間、彼とピカチュウの話し合いが行われていた。ジムの休憩室を使ってのことだから、チャレンジャーが来たとしても問題はないのだが。デンジは少々気になっているようで機械弄りに集中できないとほざく始末だ。その機械弄りで街に散々迷惑をかけたことをデンジに言ってみるとしらばっくれるから今のところ何かを言うつもりはないけれど。今ある問題は話し合いが終わらない彼とピカチュウである。

昨夜、ポケモンセンターの前で彼と出会った私は、彼の話を聞くに自分のポケモンであるピカチュウを一ヶ月近くも探していて、漸くそれらしきピカチュウを見かけたと知り合いから連絡を受けてナギサシティにやってきたらしい。

しかし街に着いた頃にはもう日が暮れていて、話を聞きたいけれど時間は遅いしどうしようとウロウロしていたところ、私に声をかけられた、とのことだった。

そんな彼はブリーダーらしく、私がそのピカチュウに心当たりがあると言ったら物凄い勢いで肩を掴まれてその場所へ連れて行ってくれと言うものだから圧倒された。その時の時間が午後10時を示そうとしている頃というのもあり、落ち着くことも必要だと考えて一晩経った今、こうして彼とピカチュウが話し合いをしているというわけだ。

どうして話し合いで小一時間も経ってしまったのか、そもそもトレーナーと再会したというのに小一時間も話し合う必要があるのか、色々疑問に思うことはあるが、再会の時ピカチュウは真っ先に彼の胸へ飛び込んだことからトレーナーとポケモンの仲が悪いと言うわけでもないだろう。あんなに嬉しそうな顔はデンジに頭を撫でられている時以外に見たことがなかったものだから私は酷く驚いたけれど。

それに、彼にピカチュウの言葉が理解できているかは別である。ただ彼の言葉にピカチュウが首を横に振ったり縦に振ったりと分かりやすく反応していた。

「ピカチュウ、僕は君と一緒に帰りたいんだ。君だってそうだろう?」

それに頷くピカチュウ。

「なら、どうしてここを離れたくないんだ?」

その問いに複雑な表情を浮かべ、何かを説明するように話すが、やっぱり私も彼も、デンジもピカチュウの言葉を理解することはできない。

何度も同じ問答を繰り返し、それでも話し合いが終わらないのは結局のところ私達が彼女――ピカチュウの気持ちを理解できないからだ。

「ピカチュウがお前と仲がいいのは分かったけど、それ以外に何か文句があるってことじゃないのか?」

「その文句に心当たりがない……ああ、僕にピカチュウの……ポケモンの言葉が理解できれば……!」

昔、同じようなことを思ったことがある。私は少し自己中心的で、我儘で、すぐカッとなって怒ってしまうところがあるから、ポケモン達が私をどう思っているのか分からなくて悩んだものだ。私に向けられる笑みは仕方なくそうしているんじゃないか、文句があるのに言えないでいるのではないか、なんて思ってしまった。ただ、私がポケモンに対してカッとなって怒ることはないし、我儘を言うこともなかったはずだけれど。それでも気になってしまうのは仕方ない。

でも、元々野生である彼らが、何の得もないのに好きでもない人に笑みを浮かべることはない。ましてやすり寄ってくることなんてないはず。そう思ったら随分と気が楽になったものだ。

それに、よく見ていれば言葉なんて理解できなくても彼らの表情や反応、行動、仕草の一つ一つでどういった感情を抱いているのかは何となく分かってくる。

「ピカチュウは恋しちゃったのよ」

「え?」

私にピカチュウの言葉は理解できないけれど、彼女がどうしてここを離れたくないのか、大体は察しがつく。

「ピカチュウは、そこで機械を弄る怠慢野郎、デンジに恋しちゃったのよ」

「えっ!?」

「はあ!?」

何でデンジまで驚いているのか、気付いていてわざとイチャイチャしているんだと思っていたのだけれど……まさか違うとでも言うの? 思わずため息が出る。

「デンジ、散々私の顔やら腕やら背中やら足やらに攻撃してきたのを見ていなかったの?」

「それはじゃれていただけだろ?」

「馬鹿じゃないの?」

「なんだと!?」

ピカチュウがデンジの前で女の子らしくするのも、デンジに頭を撫でられて嬉しそうな顔をするのも、デンジと仲良さげに見える私に対して敵対心を燃やすのも、攻撃してくるのも、全部デンジが好きだからだ。だから私は、ポケモンであるピカチュウに嫉妬してしまう。

私だってデンジのことが好きなのに、ここ最近は頭を撫でられることもなければちゃんと触れ合った記憶もない。それなのにピカチュウはちょっと甘えれば頭を撫でられるのだ。嫉妬くらいしてしまうというもの。

「それに俺は機械を弄っているから怠慢しているわけじゃない!」

「今その話してないから黙っててくれる?」

私は彼の前にいるピカチュウの傍に座る。これで、彼とデンジ、ピカチュウと私が向かい合う形になった。

「ピカチュウが一番悩んでる。主人として、友達として、仲間として大好きなあなたと、恋をしてしまったデンジとの間でどうしたらいいのか分からないのは、ピカチュウの方だ」

ピカチュウの頭を撫でる。普段、私が触れようとすると威嚇してくるのだが、今日はすんなりと受け入れてくれるのはきっと私が彼女の気持ちを理解したから。

「でもピカチュウ、あなたは選ばなきゃいけない。デンジか、自分のトレーナーか」


ブリーダーの彼は、ひとまずピカチュウに考える時間を与えることにした。早く、早くと急かしてもいい答えは返ってこないとちゃんと理解しているらしい。

ピカチュウが考えている間、また私は彼女に嫉妬しなくてはならないのかと思うと複雑なのだが。

「俺はお前らが随分と仲良くなったみたいで結構嬉しいんだけど、どうした?」

「……これで仲良く見えるなんてデンジの目は節穴なんじゃないの?」

今日も今日とてピカチュウの攻撃が私に命中する。最近、彼女は命中率を上げてきた。

「そういえばこうかくレンズが気に入ったらしくて、最近よく持ってるみたいだな」

「お前の仕業か!!」

デンジの足を引っ掛けて倒す。丁度よくあったクッションのおかげで頭を強打することはなかったが、それでも痛かったらしく頭をさすりながら文句を言ってきた。

「私は、あのピカチュウはトレーナーの元へ帰ると思ってるわ」

「……そりゃあそうだろ」

「寂しそうね」

「結構騒がしかったからな」

ほら、デンジだってピカチュウのことが好きだったのだ。勿論、恋愛感情ではないけれど……それでも好きなことに変わりない。

「でも、俺にはミントがいるからな。それで充分だろ」

「人をポケモンみたいに言わないで」

「ポケモンより扱いにくいもんな」

こっそり今日の夕飯は一品減らした。


2015.05.19



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