08*お尋ねポケモン
「まるでいなかった一週間分の憂さ晴らしをするかのように攻撃してくる」
「でも顔は狙われてないみたいだな」
「おかげで足と背中が集中的に攻撃されるわ」
「でも、痣とか残ってないし火傷とかもしてないし、加減はしてくれてるみたいだし、もうそんなに怒る必要ないんじゃねえの?」
オーバはそう言うが、問題はそれだけではない。
「あのピカチュウ、平気でデンジとイチャイチャし始めるのよ! ポケモンだからってデンジもデレデレしちゃって、私には全然構ってくれない」
「嫉妬かよ」
「違う。ただちょっと納得いかないだけ」
「それを嫉妬と言うんだと思うけどな。俺は」
何だか腹が立ったのでオーバのアフロを毟ってやろうかと思ったけれど、嫉妬だというのは事実だからやめておいた。命拾いしたな。
「今お前が考えていることが何となく想像できるんだけど」
「何のことかしら?」
しらばっくれる私にオーバは一つ大きなため息をついて、改めてピカチュウの話題に戻してきた。
「確かにあのピカチュウはデンジのこと好きだよな。俺のことは大して興味持ってないのに」
それはまあ、そういうことだからだろう。
「どういう出会い方したんだろうな? 相当なことがなきゃあそこまで懐かないだろ?」
デンジとオーバの差はあれど、確かにそれは言えている。勝手についてきた、なんてデンジは言っていたけれど、あの懐きようは尋常じゃない。形容するなら恋する乙女、というべきだろう。
「てか、あのピカチュウって野生なんだよな?」
「さあ?」
「誰かのポケモンだったらこんなことにはならねえだろ。トレーナーも探してるだろうし」
自分の仲間であり、友達であるポケモンがどこかへ消えてしまって探さないトレーナーなどいない。そう言うオーバに私も同意を示す。もし私のポケモンが突然どこかへ消えてしまったら……考えただけで心臓がバクバクと音を奏でた。
「今のところそんなトレーナーを見かけないってことは野生なんだろうけど、野生であんなに人懐っこいのも珍しいよな」
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。今はとにかくあのメスピカチュウがデンジとイチャイチャしているってことが問題なのよ」
「自分も構ってほしいって言えばいいじゃん」
「そんなこと言ったらデンジを調子に乗らせるだけだわ」
「じゃあどうしたいんだよ……」
どうしたいかなんて、そんなの私が一番よく分からないのよ。
* * *
夕飯を一緒に食べようと誘ってきたデンジの部屋にやってきたものの、私がご飯を作っている最中にデンジとピカチュウはキャッキャうふふといった具合にイチャイチャしている。
私がトントンと材料を切っていても、グツグツと煮込んでいても、焼いていても炒めていても、手伝いもせずに遊んでいるのだ。怒りたくもなる。でもここで怒るのはあまりにも心が狭いというもの。我慢だ、我慢。
「ミント、ピカチュウが腹減ったってさ」
デンジの言葉に続いてピカチュウが催促の鳴き声をあげる。思わず菜箸を折ってしまった。今度デンジに新しいのを買ってもらおう。
ご飯を食べる時だって、私とデンジは向かい合うがピカチュウはデンジの隣で食べる。ピカチュウなのをいいことに口元についたものを拭ってもらったり、いっぱい食べるだけで頭を撫でられるのだ。
自分がピカチュウになりたいと思うことはない……否、正直に言えば少し羨ましいと思うし、ちょっとだけ代わってほしいとも思うけれど、口元に食べ物をつけてまで構ってもらおうとは思わない。それでも嫉妬してしまうのは仕方ないと思うのだ。
「ピカチュウ寝ちまったわ」
「随分と早く就寝するのね」
「まあ起きてられると困ることもあるし?」
「何が?」
テレビの音を聞き流しながら、ソファーの上で雑誌を眺める。最新のファッションチェックではあるのだがあくまでパラパラ見る程度で、単なる女子力アピールだと言うことはデンジには秘密である。が、こうして見ると可愛い服は案外多い。私好みのコーディネートかどうかは別として、単体として見れば魅力的ではある。
今度トバリかヨスガあたりにでも行こうと思っていると、デンジが隣に座ってきた。チラリと見てみれば何だか不機嫌だ。
「ピカチュウが寝ちゃってつまらないなら自分も寝ちゃえばいいじゃない」
「違う」
「何でそんなに不機嫌なのよ。眠くてぐずる赤ん坊みたい」
「ぐずってないだろ」
居心地が悪い。デンジがどうして不機嫌なのか分からないし、ご飯も食べ終わってデンジに至ってはもうお風呂に入ってしまったから後は私が帰るだけだ。
「戸締りが心配なら帰るけど」
「帰れなんて言ってないだろ」
じゃあ何なんだ。
「あ、お酒のにおいがする。酔ってるでしょ?」
「俺は酔ってない」
「酔ってない人はみんなそう言うのよ」
まだ午後10時もまわっていないと言うのに。
「ほら、もう布団に入りなさい。ちゃんと寝るのよ。明日もジムがあるんだから。私は帰るからね」
デンジをベッドに放って布団をかけて、全ての電気を消して部屋を出た。鍵はきちんと閉めて、夜だと言うのにまだ明るい街の中に出て帰路についた。
ポケモンセンターの前でウロウロする一人の男性を見つける。困った様子でいたから声をかけてみると、探しているポケモンがいるらしい。
「もう一ヶ月近くシンオウ中を探し回っているんです」
「それは大変ですね……どんなポケモンなんですか?」
「メスのピカチュウで、とても可愛い雰囲気の――……」
あれ……これって、もしかして……。
2015.05.13
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