先程のバトルに勝って、頭を撫でられている時のこと。
「ナマエ様、おめでとうございます!」
突然声をかけられて、私の主人――ナマエは固まった。
この男には一度会ったことがある。その時のバトルで確か主人が勝利していて、何かの権利を得たのだと聞いた。その後、主人がこの男の乗っている電車に乗ることはなく、今度は一匹ずつではなく二匹ずつ戦う電車に乗っていた。
今日はやっと、その二匹ずつ戦う電車で勝利して喜びに浸っていたのだ。
「すみません。バトルを終えたクダリに用があったのですが、見覚えのあるナマエ様を見つけて、つい声をかけてしまいました」
「い、いえ……ありがとうございます」
「あれからシングルトレインに乗車されていないようなので、どうしたのかと思っていたのです。ダブルトレインに乗車されていたのですね」
「は、はい。ダブルもやっておこうかな、と」
主人が緊張している理由は分かっている。この男が好きだからだ。元々、この男に会いたいが為に電車に乗っていた。例え負けても挫けず何度も乗って先に進んでいった。
初めて到達した男とのバトルで勝利を収めたのに、暫く放心状態でいた後に別の電車に乗るようになったのだ。
私達の前で主人は何度か言っている。サブウェイマスターとやらが強くて凄いのだと。かっこよくて素敵なのだと。見たこともない人間にそれ程心を躍らせる主人はとても馬鹿馬鹿しかったが、同時に可愛らしかった。
そして、初めて会って、言葉を交わして、主人は恋に落ちたのだと言う。
「クダリはどうでしたか? 手強かったでしょうか?」
「とても手強かったです……」
好きなら好きと言えばいいのに。気持ちがハッキリしているなら言わなくてどうするのだ。私達には何度も好きだと言うくせに。
「ナマエ様。今度は是非、シングルトレインにもご乗車くださいまし」
「は、はい」
私は、主人が旅をしていた頃から一緒にいるが、主人は大事なことを言わないことが多い。それで何度後悔することになったか。学習能力がないわけでもあるまいし。
後悔するくらいなら言ってしまえば良いのだ。言わずに後悔するより、言って後悔した方が自分自身もスッキリするだろうに。
バトルの時はこちらが驚く程の度胸を見せるのに、どうしてこういう時はそれを見せない。
「えっ……ゼブライカ、どうしたの?」
背中を押しているのだ。私が押してやっているのだから、早く好きでも何でも言えばいい。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ……ゼブライカが……」
見ているこっちがイライラする。
もし、主人に私の言葉が届くのならすぐにでも言ってやるのに。気持ちを伝えてしまえ、と。私達は伝える術もないのだぞ。いつも頑張るお前を、褒めてやることも感謝を伝えることもできない。でも人間同士は伝えることが可能じゃないか。それなのに、どうして伝えないのだ。
「何かを伝えたいようですね」
「伝えたいって……一体……」
私達の言葉を理解できる人間がいたら、どれ程よかっただろう。
「わっ……」
そうこう思っていたら、頭が軽くなった。押していた主人の背中の感触が無くなり、狙い通りうまくいってくれればいいんだが。
「大丈夫ですか? ナマエ様」
ふう、一仕事終えたな。
「ご、ごめんなさい……すみません……」
「いえいえ。お怪我は?」
「だ、大丈夫、です……」
私達の可愛い主人に惚れられたのだ。誇りに思うと良い。
「ゼブライカ、何するの!」
「きっと構ってほしいのでしょう」
「さっきまでバトルしてたのに……」
「褒めてほしいのですよ。バトルの後なのにわたくしが声をかけてしまったから怒っているのだと思います。申し訳ありません」
「そんな! ノボリさんは悪くないです!」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「その、支えていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ」
そうして結局、折角背中を押してやったのに何も言わずに別れてしまった。学習能力のない奴め。どうして私が怒られなければならないのだ。
「もう絶対、背中を押しちゃダメだからね!」
知らぬ。鳴いても背中を押しても言わない主人が悪い。そっぽを向いたら溜息が聞こえた。
「もうっ……」
全く……幸せそうな顔をしおって。
『君の為なら悪役になりましょう』自分の娘とか妹みたいに思ってる。
2014.05.11
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