「ねえ、エーフィ。やっぱり今日の私、寝不足っぽい顔してない?」
私のご主人様でありパートナーのナマエは、今日も今日とて恋する乙女の如く鏡と向き合っていた。昔は身嗜みを気にしてはいたもののこんなに切羽詰った状態になることはなかった。こんな風になったのも、数ヵ月前に出会った男性のせいだろう。
「昨日眠れなかったから……こんなことならお母さんにお化粧を習っておけばよかった」
大丈夫よ。ご主人はそのままでも充分可愛いわ。
「服装も決まらないし、時間だけが無駄に過ぎていくことがこんなに辛いなんて……」
服装だっていつも通りでいいのに。あの人は多分、服装なんて大して気にしてないと思う。仕方ないから私がご主人の服を用意してあげた。私が一番ご主人に似合うと思う服。
「エーフィ、勝手に出してきちゃったの?」
だっていつまでも決まらないんじゃあ、遅れちゃうんでしょう?
「いつもの服……どうせデートじゃないし、ポケモンバトルに付き合ってもらうだけだし、もうこれでいいか」
私が生まれた時、目の前にご主人がいて、嬉しそうに抱きしめてくれた。私もご主人もまだ小さかったけれど、ご主人は私をとても可愛がってくれて、そんなご主人が私は大好きよ。
旅に出る時、一緒に行こうと言ってくれて嬉しかった。きっと私でもご主人を守ることが出来ると思ったから。
だから私は、ご主人に好きな人が出来て嬉しく思う。だってご主人はこれから幸せになれるのだから。私達や家族に向けてきた愛情が、他人に向けられるのは悔しいけれど、ご主人が選んだ人だもの。ご主人の愛を受けるに相応しい人なのだろう。
「ゲンさん!」
「やあ、ナマエちゃん。迷わなかった?」
「大丈夫です」
確かに優しそうで、こんなところにいるからご主人を守れるくらい強いのだと思う。でも、どうしてだろう。少し不安になると言うか、ちゃんと生活していけているのか心配になる人だわ。
「今日はエーフィを連れているんだね」
「パートナーなんです。初めて孵したタマゴから生まれた子で、大事な友達なんですよ」
今までご主人から、好きな人の話を聞いたことはなかった。いなかったのだと思う。いつも友人や家族を大切にしていて、旅をしている時だっていつも強くなることを目指していた。
家に帰ってからはのんびりしていたご主人が、初めて人を好きになって、嬉しい気持ちと嫌だなって気持ちが襲ってきて困ったのを覚えている。ご主人を取られるわけじゃないのに。
この人ならご主人を任せられる? まだそんな風に思えないけれど、私に見せたことのない顔をしているご主人を見ると、何だか胸がモヤモヤして仕方ない。
「今日はバトルだよね」
「はい」
「でも、ちょっと待ってくれるかい? 今ちょっと見回り中なんだ」
「分かりました。じゃあ私は適当にどこか行ってます。どのくらいで終わりますか?」
「そうだなあ……」
ねえ、ご主人。ご主人はどうしてあの人が好きなの? あの人でなければいけないの?
「ゲンさんが終わるまで、何してようか?」
私を抱きしめるご主人。温かくて、心地良い。
「せめて髪型だけでももっと違うのにすればよかったかな……」
そんなのことない。いつもの髪型でも充分可愛いわ。手入れの行き届いた髪はとても綺麗だし、ご主人によく似合ってる。ちょっとお洒落を意識してヘアピンをつけてるところがとても可愛いと思うわ。
それなのにあの男、ヘアピンに気付いているのか気付いていないのか、全く褒めなかった。
「エーフィは、私のことどう思う?」
とても可愛くて、とても頼りになって、とても強くて、とても好きよ。
ああ、私が人の言葉を話せたらいいのに。私の言葉じゃご主人に届かない。なんてもどかしいのだろう。私がご主人と同じ人だったら、ご主人が私と同じポケモンだったら、私の言葉がご主人に伝わるのに。
「ありがとう、エーフィ」
ああ、でも……すり寄ったら撫でてくれるのは特権なのかしらね。
「ナマエちゃん、終わったからバトルしようか」
「はい!」
『少しでも幸せでありますように』パートナーとして信頼してるからこそ幸せを願う。
2014.04.26
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