「あれ? どうしたの? そんなにムッとして」
優しく俺の頭を撫でるのはナマエ。俺のトレーナーであり、パートナーの女の子だ。
俺が生まれた時、真ん丸の目を大きく見開いて、心底嬉しそうに笑っていた小さな女の子。共に各地を旅して修行し、今では立派に育ったと思う。俺も充分ナマエを守れるようになったはずだ。
しかし、とある町でナマエは旅をしていた足を止めた。エンジュシティだ。ジョウト地方とかにある町の一つで、ナマエはそこを大層気に入った。
紅葉が綺麗だからという理由らしいが、それだけではないことを俺は知っている。今や二人で会うことも多く、今度一緒に住むとまで話が上がっているのだ。俺の機嫌も悪くなる。
生まれた時から一緒だった。俺が新しい技を覚えた時も、月明かりの中進化した時も、そこら辺のトレーナーやジムリーダーと戦う時も、いつも傍にいた俺は、ナマエに何一つ伝えることはできないのに。ぽっと出の男にナマエを奪われるなんて耐えられない。
「ブラッキー?」
「ご機嫌斜めだね。僕のゲンガーと喧嘩しちゃったかな?」
「あ、いえ……ずっと私と一緒にいたのでそうじゃないと思うんですけど……」
「まあ、僕には何となく分かるけどね」
「え?」
コイツの何もかも見透かすような目も、それを信じて疑わない笑みも、俺は大嫌いだ。胡散臭い。こんな男にナマエを任せるなんて、絶対ナマエの両親は許さないはずだ。
「そういえば、ご両親の許可は?」
「あ、許可でました」
何だと!?
くっそ……例えナマエの両親が許しても俺は許さない。
「じゃあ今度家具でも買いに行こうか?」
「そんな! 今あるもので充分です!」
「そう?」
どうやったらナマエに伝わるんだろう。どんなに声を上げても、ナマエは俺の言葉を理解できない。俺はナマエの言うことが分かるのに。どうしたらいい?
「ブラッキー? 今度はどうしたの?」
ナマエのズボンの裾を引っ張ることしかできない俺はかっこ悪いと思う。それでも、俺が許さないことが伝わればいい。
「嫌なんだよね。大好きなご主人様が僕に取られちゃうのが」
「え……それって……」
くそっ……余裕な笑みを浮かべやがって。いつかコイツにシャドーボールをお見舞いしてやる!
「ブラッキー、私はブラッキーを捨てたりしないよ?」
そうじゃない。そういうことじゃない。俺を捨てないのは分かってる。ただの同棲でパートナーを捨てるトレーナーがいたらビックリするだろ。そうじゃないんだよ。
「ナマエ、そうじゃなくて……」
「心配してくれてるの?」
思わず裾から口を離した。
「大丈夫だよ。マツバさんはいい人だし」
コイツが、どうしようもなくナマエを好きなことくらい分かるんだ。大事にしているのも分かる。でも、大事な俺のパートナーを俺から奪っていくのは許せないんだ。
「ブラッキーがまだ、マツバさんのこと好きになれないのは分かっていたけど、私はいつかブラッキーがマツバさんのことを好きになれる時が来るって思ってる。ね?」
生まれてすぐ、まだ自分が何をするべきか分からなくて、優しく抱きしめられた時に思ったんだ。俺はこの子とこの先ずっと一緒にいるのだろうと。
ナマエが旅に出る前、俺を連れて行ってくれると言ってくれて嬉しかった。まだ弱い自分はこれから強くなって、いつどんな時もこの子を守れると思ったから。
本当に守られていたのは俺の方だったかもしれないけれど、ナマエが笑ってくれるならよかったんだ。
「自分勝手なトレーナーでごめんね。でも、ブラッキーが心配してくれてるのは分かっているよ」
すり寄ったら優しく撫でてくれる。小さい時から変わらない。
「羨ましいって思うよ。僕よりずっとナマエを見てきたんだから」
「大事な友達なんです」
「うん」
コイツの隣でナマエが笑っていられるなら、ナマエが幸せになれるなら、少しくらい許してやってもいいのかもしれない。
でも、すり寄ったら撫でてくれるのは俺の特権だと思ってる。
『君の笑顔を見ていたいんだ』恋愛感情というより、家族愛に近い。
2014.04.12
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