雨色 | ナノ
05

雨の日が好き。

降り続ける音、におい、空気、全てが好き。だけど、一番の理由は、あの人と出会ったのが雨の日だから。

なんて単純なのだろう。でも、それ以上の理由なんてないし、いらないとも思う。あの人と出会ったのが雨の日だから、私は雨の日が好き。


「今日は機嫌がいいんですね」

「私だって、いつも機嫌が悪いわけじゃないよ」

「でも、会う時はいつも機嫌が悪いような気がします。もしくは……まだ僕に心を開いていない状態でしょうか?」

そんな昔の話を持ち出さなくてもいいのに。いや、それ程昔でもないのか。私がチェスの兵隊に来た時の話だから。

あれから魔力が増えて、知識も増えて、体力も増えて、私自身はとても成長したと思う。勿論、身体的な意味でも。背も伸びて、自由に動ける範囲が増えた。

「でも、アオイが最初に心を開いたのは僕なんですよね」

「最初はペタだけど?」

「ペタさんを除けば、ですよ」

くす、と笑って私の頭を撫でた。私がここに入った時から知っている人は、私の頭を撫でるのが癖らしい。キャンディスはあまりないけれど、ペタもロランもファントムも、未だに撫でてくる。ペタに撫でられるのは嬉しいけれど、他に撫でられるのは子供扱いされているようで少し悔しい。

実際は、ペタだって私を子供扱いしているのに。

「ただ、僕はアオイが言うからそう言ってますけど、実際は違うんじゃないかと思います」

「と、言うと?」

「アオイはペタさんのことが好きですよね。でも、それ以外の感情も持っていませんか?」

一番近い存在だったからだろうか。ロランがそんな風に思うのは。

「本当に、最初に心を開いたのはペタさんですか?」

「ペタじゃなかったら、誰だと思うの?」

「やっぱり僕ですかね」

「残念。ペタだよ。私が一番に心を開いたのは、ペタだ」

ファントムあたりには隠しきれていないとは思っていたけれど、ロランにもばれているなんて思わなかったなあ。

「では、アオイが恋心以外に抱いているペタさんへの感情とは?」

「それはね、ロランにも言えない。誰にも言ったことないの。ペタにもね」

言ったら怒るかもしれないし、見限られるかもしれない。それだけは避けたいから、絶対に誰にも言わない。

「アオイが言わないのなら問い詰めたりしませんが、僕はそんなに信頼できませんか?」

そんなに切ない顔をしないで。別に嫌がらせをしているわけではないの。ただ、誰にも言わなかったことを話せと言うのが無理な話なだけだ。

「ロランのことは信じてる。ファントムだけを思うあなただから、私はこうして何でも話せる。ただ一つを除いて」

兄みたいな存在だろうか。ロランが兄で、キャンディスが姉。兄弟が一気に増えたみたいな、そんな感覚。

私はロランもキャンディスも信じているけれど、この先も彼らを頼ることはない。そんな感覚。

「そういえば、アオイ。今日、ファントムを見かけませんでしたか?」

「いいえ。一度も見ていないけれど、いつも通り部屋にこもっているんじゃないの?」

「先程見に行きましたがいませんでした。一体どこにいるんでしょうか」

それならクイーンの部屋とか、或いは別の場所ではないのだろうか。それ程気にすることでもないと思うのだけれど……ロランにとってはファントムが全てだから気にしてしまうのは仕方ないのかもしれない。私にとってのペタのように。

「あまりにも姿を見せないのであればペタが探すだろうし、ファントムだって通信用ピアスを持っているはずだから連絡が途絶えたわけでもないはず。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「そうですよね。何より、ファントムは僕らよりずっと強い」

チェスの兵隊で階級は重要な役割を持っている。人間関係――上下関係ともいうべきか、そういったものだ。基本的には階級に関係なく仲良い人達もいるけれど、中には上の階級に上り詰め、人を従わせたいと思う人もいる。

ロランは、ファントムが自分よりずっと強いと言うけれど、彼だってファントムと同じナイトクラスなのに、どうしてそう思うのか理解できなかった。私には、ロランもファントムも強く見えるのに。

そう言っても彼はそれを信じないのだろうけれど。私には信頼できないのかと言うくせにね。

それに、同じ階級だから同じ強さとは限らないのもある。私もビショップの中じゃ下位だ。それどころか、ビショップにまでなれたのは私の修行にペタやロランが付き合ってくれたからだろう。それ以上になれないのは私の力不足だ。まあ、元より私はナイトまでいくつもりは無かったけれど。

「そう言えば、結局機嫌がいい理由って何なんですか?」

「今日は雨の日だから、かな」

「雨、ですか……でも、もうすぐ止みそうですよ」

「そうね。でもいいの。止んだってすぐに雨の気配がなくなるわけじゃない。少しでも雨の気配があれば、私は嬉しいの」

「僕は時々、アオイのことがよく分からなくなります」

「分かるように言ってないからじゃないかな」

「分かるように言ってくれればいいのに」

「何でも言える仲って、本当にそうとは限らないってことだよ」

「……そうですね。例えば、恋の相談とか」

そりゃあ、私は誰にも恋の相談をしたことはない。ロランやキャンディスは私の雰囲気で悟ったみたいだけれど、それでも私から話を切り出すことはなかった。

まさかそれを恨んでいるんじゃないだろうな?

いや、ロランに限ってそれはないか。キャンディスだって私から話さないことにもう慣れているみたいで、キャンディスの方から話題を振ってくる程だ。

「ああ、雨が止んでしまった」

「本当だ。いつの間にか完全に止んで、青空が見えていますね」

私は、雨の日が好き。でも、雨が降った後の晴れた日も好き。太陽に照らされてキラキラと輝く滴や、止んだ直後はブワッと雨のにおいが漂うの。雨の気配に包まれる感覚がするのだ。

「昨日、ファントムがそろそろウォーゲーム開催を告げると言っていました」

「どうせ開催の宣言はペタがするんでしょう」

「でも、もうすぐ始まりますね」

「そうね」

また、世界に喧嘩を売る。


2014.06.29

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