04
「今回はアオイもウォーゲームに出そうと思うんだ」
「いいのですか? 6年前は頑なに出そうとしなかったではありませんか」
「アオイも成長したしね。それに、彼女もそれを望んでいるみたいだから」
そう言って含みのある笑みを浮かべる。昔からこの笑みはどこか胡散臭くて、どうにも好きになれないのだけれど、あからさまに嫌な顔をするとペタが怒るから、できるだけ嫌いにならないようにした。おかげで、好きでもないし嫌いでもないという状態になってしまったのだけれど。
「ファントムが許可するなら、私は異論ありません。確かにアオイは実力をつけています」
「でもあの子、精神的に弱いからなあ」
盗み聞きというのは趣味が悪いと分かりつつ、自分の話題で話していると思うと聞き耳を立ててしまうのは仕方ないと思う。
ファントムの部屋で二人が話をしていて、私をウォーゲームに出すか出さないか話しているから、入るに入れなくなった。
このまま入ってしまうのも何だか嫌だ。ファントムに、ウォーゲームに出たいと言ってもいいのだけれど、捻くれた人だから、それでやっぱりやめたと言われてしまうのは避けたい。
今日のところは去るのが正解か。
幼い頃から分かっていたことだけれど、ペタの最優先はファントムだ。それは覆ることのない事実だし、今までもこれからもそうなのだろう。
それに嫉妬したことがないと言えば嘘になる。
ファントムは狡い。ペタを必要としているようには見えないのに、ペタに色々と任せっぱなしだ。それでもペタはファントムを慕っているし、ファントムだってペタを蔑ろにしているわけじゃない。
二人はただの上下関係と言う言葉では説明できない何かがあるんじゃないかと、幼い頃から思っていた。多分、私では入り込むことのできない何か。
それには少し嫉妬してしまう。私は絶対に、ペタの最優先になれない。
「アオイ、どうしたの?」
後ろから声をかけられて、振り返ると女性が一人こちらに走り寄ってきた。
「ううん。特に何もないよ。キャンディス」
「そう? あ、そういえば、もうすぐウォーゲームね」
この雰囲気から察するに、ウォーゲームをするとファントムに告げられた後――つまり、ファントムと会って話をした直後かな。ファントムと会った後のキャンディスは上機嫌だ。恋する乙女とはまさにこの事かと思う程に、女の子らしいと思う。
私の中で、彼女はお姉さんみたいな存在なのだけれど、時々ファントムについて相談してくる乙女な彼女は友達のような感覚にさえなるから、恋って凄い。
「キャンディスも出るんでしょう? ナイトは全員参加だったっけ?」
「そう。いつ出るかは分からないけど、ファントムの為に全力で戦うつもりだよ。ファントムが別の人を好きでもね」
そうか。別の人を好きでも。
「……別の人」
何を我儘なことを思っていたのだろうか。自分で分かっていたじゃないか。
ペタが私を好きじゃなくても、好きになることがなくても、私がペタを好きである限り……ペタが私を拒絶しない限り、私達の関係は続く。着かず離れず、微妙な、だけど心地良い距離のまま。
「私も、ペタの為に頑張る」
例えウォーゲームに出られなかったとしても、出られることになったとしても。ペタの最優先がファントムでも、私の最優先はペタだ。理由はそれだけで十分。
それだけでいい。
「そういえば、ファントムが別の人を好きって、まだ言ってるの?」
前にも聞いたことがある気がする。その時は意味がよく分からなかったけれど。
「アオイ、知らないの?」
「全く知らない」
「まあ、あまり部屋から出ない人だし、会えるのはナイトでも一部の人間だけみたいだしね」
そんな人がいること自体知らなかった。
ナイトでも一部の人間だけだったら、ビショップの私が知っているはずもないのだけれど。ほぼ毎日ペタに会っている身としては、話さなくてもいいと思われていたってことだろう。
それは少し寂しい。
そういえば、この間マジカル・ロウがクイーンとお茶をする人がいるとか言っていたけれど、まさかその人なのだろうか。
「ペタも会ったことがあるの?」
「勿論。今も会っているんじゃない? ファントムと一緒に」
それは、ファントムの部屋から移動して、わざわざその人に会いに行ったと言うことだろうか。ペタが自ら動くのはファントムの為だけだと思っていたのに。ファントムと一緒ってことは間違いでもないかもしれないけれど、それでも少し驚いた。
まあ、チェスの兵隊の全ての人間を把握するなんて出来るはずもないし、私の知らない人がいても不思議じゃない。
「雰囲気は、そうね……少しアオイに似てると思う」
「ふーん」
「興味ない?」
「ないよ。私が一番興味を示すのは何か知っているでしょ?」
「そうだったわね」
キャンディスはくす、と笑うと用事があると言って私の前から去っていった。
わざわざペタが会いに行く人なんだから、気にならないわけではない。決して興味があるわけじゃないけれど。そんな人間がいることを今まで知らなかったんだから、今更とやかく言っても意味はないだろう。言う権利も私にはないだろうし。
でも、胸が痛む。
別に平気だと思い込もうとすればする程、胸の奥が痛んでいく。
私は色々学んだつもりだし、知識も増やしていったつもりだけれど、やり場のない気持ちをどうすればいいのかなんて分かるはずもなかった。好きの隠し方も、好きな人との自然な接し方も、全部できるけれど、そればっかりはうまくいかない。感情のコントロールが難しくなる。
怖いのは好きが溢れ出してしまうことだ。私の気持ちをペタが知っていようが知らずにいようが、私が表立って彼に好きだと言うことをアピールしてはいけない。
それはきっと、今の関係を終わらせることになるだろうから。
私はそれが……ペタからの拒絶が一番怖い。
それなら、こんなやり場のない気持ち如きで悩む必要なんてどこにもないはず。
だから落ち着け。私はただ、出られるかもしれないウォーゲームの為に自分を鍛えるだけ。それが今の私に出来ることだもの。
それが、今の私が、ペタを喜ばせてあげられることなんだから。
2014.06.22
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