雨色 | ナノ
03

炎が全てを焼き尽くす時は、あの時のことを思い出して少し胸が躍るの。


私の仕事は小さな村の破壊。おいしい果物を作っていることで密かに人気があるらしい。私も食べたことがあるが、確かにおいしかった。少し勿体ないような気もするけれど、ペタの命令なら仕方ない。

私の中で、ペタ以上に優先するべきことなんてありはしないのだから。

少し傷をつけて、崩して、壊して。そうすると簡単に人々の表情が恐怖で歪み、悲鳴を上げる。こんなことを楽しいと思ったことも、やりたくないと思ったこともないけれど、見上げた空が憎たらしい程に青くてイライラした。

「ガーディアンARM――セイレーン」

破壊活動が好きなわけでもない。人を殺すことが好きなわけでもない。私はこの世界を嫌ったことはないし、むしろ好きだと言えるだろう。ただ、私はこの世界の人間が大嫌いで仕方ない。ただそれだけだった。

人々の呻き声が聞こえ始め、徐々にそれも消えていく。息をする音さえ聞こえなくて、あの時のような静けさが襲った。半分くらいは逃げただろうが、皆殺しにしろとは言われていないから問題ないだろう。

美しいまでに実る果物はとてもおいしそうで、いくつか貰ってから建物に火を放った。

これで何か作ったら、ペタは喜んでくれるだろうか。喜んでくれなくてもいいや。私が食べればいいだけのことだもの。

村中に広がった炎は、全てを燃やし尽くしてくれる。ここに村が存在したという痕跡さえも消し去るように。ただただ炎で包み、灰にしていく。風でゆらりゆらりと揺れる炎は、やけに綺麗だった。


ペタのもとへと戻って報告をすれば、よくやったと言って頭を撫でてくれる。

私はペタに頭を撫でられるのが好きだ。撫でてもらえた日は、どんなにイライラしても心が幸福な気持ちで溢れる。そんな日は私の特別な日だ。

「お土産に、そこの村の果物を持ってきたの」

「そうか。何か作るのか?」

「そのつもり。作ったら食べてくれる?」

「そうだな。もらおうか」

ペタが望むなら、とびっきりおいしいものを作ろう。これ以上ないってくらいの、おいしいものを。

私は、ペタが望むなら何だってできるし、してあげたいと思うから。

ペタは私に自分の感情を見せることはあまりないけれど、好きとか嫌いとか言われたこともないけれど、私が彼を好きなだけでこの関係は成立するのだと思う。

ずっとこのままでもいい。明確に、好きだと言われなくてもいい。胸が高鳴る。頬が少し熱い。足取りは軽く、心が満たされる感覚。

とても心地良いこの感覚は、きっと恋だ。

ペタは何を食べたいだろうか。何を作ったらもっと喜んでくれるだろうか。一緒に飲むならコーヒーと紅茶のどちらがいいだろうか。冷たいものの方がいいのか、それともオーブンを使うものの方がいいのか。

そうして悩んで考えることさえ楽しくて仕方ないなんて、数年前の私なら知らなかったことだろう。


「甘い匂いがしますね」

「マジカル・ロウ?」

振り返ればそこには、ピエロのような恰好をしている男がいた。

「はい」

にっこりと笑うと、私の手元を覗き込む。

「おいしそうなフルーツタルトですね」

マジカル・ロウはペタと同じナイトクラス。

手合わせをしたことはないけれど、ビショップである私より強いのは明らかだろう。そもそも私はナイトクラスの人間と戦いたいと思うことは無いのだけれど。

「ペタにあげるの」

「全部ですか?」

「一応そのつもりだけれど、大きいからカットして持っていこうと思って」

「では、二切れ……いえ、三切れいただいてもよろしいでしょうか?」

「三つ?」

聞けば、クイーンに紅茶と共に出すお茶菓子を探していたんだそうだ。そこに丁度良く、タルトを焼いていた私がいたから声をかけたらしい。

「でもクイーンになら三切れもいらないんじゃないの?」

それともクイーンは三切れも食べるのだろうか。一度に。

「ディアナ様と共にお茶をする方がいまして。その方と、もう一人……こちらはディアナ様と約束されているわけではないのですが、恐らく同席されると思われますので」

「まあ、私とペタの分があれば問題ないかな」

私はペタの分を二切れ、自分の分を一切れ皿に乗せて、残りから三切れをそれぞれ皿に乗せた。そして残った分のうち一切れを別の皿に乗せてマジカル・ロウに差し出す。

「これは?」

「マジカル・ロウの分。よかったらどうぞ。口に合えばいいんだけれど」

そういうと目を丸くしてから、にっこり笑った。

「ありがとうございます。有り難く頂戴します」

あと一切れ残っているから、これは私が食べよう。今日のタルトは自信作なんだ。


「それで、マジカル・ロウにも分けたのか?」

「うん」

切り分けたフルーツタルトを食べながら紅茶を飲み、先程あったことをペタに話してみると、特に驚いた様子もなければ不思議に思う様子もなかった。

「驚かないの?」

「なぜ?」

「クイーンと一緒にお茶をする人なんて、このチェスの兵隊にいるのかなって。ファントムならあり得ない話ではないけれど、もう一人いるみたいだし」

「そうだな。しかし、あまり驚くことでもあるまい」

そう言ってペタはタルトを口に入れる。先程から何度も口に運んでいるから、味はいいみたいだ。よかった。

でも、本当にクイーンと一緒にお茶できるなんて、一体誰なんだろうか。ナイトクラスの誰か? でも、私が知っている限りでは、クイーンとお茶できる人なんているようには思えない。マジカル・ロウは除外して、それ以外で考えてみても、やっぱり思い当たらなかった。


2014.06.15

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