雨色 | ナノ
51

「なに、これ……」

私が目を覚ました時、血を流して倒れている姉の姿を見つけた。刃物で胸を貫かれたようで、かなりの血が流れている。まるでつい先程までの自分を見ているかのようだった。

「アオイ……よかった、生きてて……」

「勝手に生かしたの……? 私は死にたかったのに、勝手に生かして、それで何であんたが死にそうになってるのよ!!」

「ディメンションARM……チェンジは知っているでしょう?」

私が持ってきたARMだ。誰が使うかも分からないARMだけれど、ペタに言われて取ってきた。まさか、チェンジを欲しがったのはこの姉なの……?

「チェンジは、ありとあらゆるモノとモノを移動させる。一つのモノを移動させるのは不可能で、必ず二つのモノを……それぞれの位置を入れ替えることができる」

「まさか……自分の心臓と私の心臓を入れ替えたの!? どうしてそんなこと……!!」

「あなたに、生きていてほしいから」

どうしてそんな、姉らしいことを言うの。死にたいと思う妹のことなんて放っておけばいいのに。どんなに妹思いと言っても、その範疇を越えている。

「ふふ……本当はウォーゲームであなたが戦う時にこっそり使って入れ替わろうと思っていたの。代わりに私が戦おうって……でも、思ったよりディアナやファントムが隙を見せてくれなくて……」

「それより、そのチェンジを渡して! あんたと私の心臓を入れ替える!」

「ダメよ……もう破壊しちゃった」

「なんでそこまで……」

辛そうに息も絶え絶えで、どうしてそこまでするの。

「守れなかったから……あの時、あなたを守れなくて、凄く後悔したの。泣いてしまうくらい。だからもう、あんな思いをしたくない。私が死んでも、あなたを生かすって決めていたの」

「それで私がまた死んだら、死に損じゃない……」

「アオイはそんなことしない。だってあなたの中であなたを生かしているのは私の心臓だから。ね? 死ねないでしょ?」

酷いくらいに狡い。

「だから、アオイ。生きて」

誰も彼も、私に苦痛を感じながらこの世を生きていけと言う。自分が傷付いても、自分が死んでも。まるで馬鹿の一つ覚えのように、生きてと言い続ける。

死にたい人間なんて放っておけばいいのに。勝手に死んでろ、と吐き捨ててしまえばいいのに。

「最後に、私のことを呼んでくれない?」

「アザミお姉ちゃん」

「ありがとう」

幸せそうな顔で死んでいく。その様を目の当たりにして、私は泣きたくなった。


* * *


「今日は一日中雨だそうだ。存分に泣いていいんだぞ?」

「あなたの前で泣いたら一生からかわれそうなので嫌です」

「ほう。お前の口から一生なんて言葉が出るとはな……だが、俺はそこまで嫌な奴じゃない。むしろ泣け」

何度も何度も後悔した。どうして無謀でも伝えなかったのか、と。今ここでこんなにも後悔するのだから、言ってしまえばよかった、と。後悔先に立たずなんてよく言ったものだけれど、それでも後悔なんてそんなものだ。

「泣いてしまえば、お前はきっと強くなれる」

薄暗い空の下、まだ小さくて脆弱で無知だった私は、目の前の強さに憧れた。

その強さは、正義とかそういった、世間で言う正しいものではなかったけれど、それでも私はその強さに救われて、生きる意味を見出したのだ。未だその強さに届かないけれど、自分では出来る限り鍛えて強くなったつもりだった。

強さに憧れたことに後悔なんてしていない。私は私の意志を貫いたままこの世から去れるなら、それはそれで幸せなことだと思う。しいて言うなら、彼と共に消えていけないのが唯一の後悔であり、不満だ。

「好きよ……大好き」

涙が溢れる。私の全身を濡らす雨に紛れて、私の頬を濡らす。どれくらい振りの涙だろうか。愛しいだけで涙が出るなんて知らなかった。

私は幸せだったのだ。愛されていた。

愛されたいと心の底で思っていた。あわよくば幸せになりたいと思っていた。彼に殺されることはその一歩手前で、彼に愛されることはこの世の何にも代えがたい、幸せなことなのだと。

でもきっと、私は皆に愛されていた。姉にも、両親にも。きっとファントムやキャンディス達にも。そして、ほんの少しでもそう思っていてくれたらいい。ペタが、私のことを嫌いでなければそれでいい。それが幸せだったんだ。

「ちゃんと言えなくてごめんなさい。他のことは二度と嘘をつかないと約束できないけれど、それでも私は、あなたへの気持ちにだけは嘘をつかない」

きっと幸せを壊したのは他でもない私だった。

「ペタ、愛してる」

だからこれは、きっと代償。

人を好きなれない私が、あなただけは好きでいて見せるから。


「雨が止んできたな。予報なんて当たらないものだ」

「私、雨が好きなんです。晴れは嫌い」

「好き嫌いがハッキリしてるな」

「でも、多分好きになれる」

「そうか」

「師匠、頭を撫でないでください。濡れた髪がクシャクシャになります」

「別にいいじゃないか」

「あと、私はいつまであなたを師匠と呼び、敬語を使わなきゃいけないんですか」

「俺のことをアシュラさんと呼ぶのは嫌だろう?」

確かに嫌だけども。さん付けなんて今までしたことなかったし。

「大体、あなた元クロスガードでしょう? それがどうしてチェスの兵隊の私に……」

「関係ないさ。俺はお前が気に入った。それで充分」

あの時、姉が死んだ時、声をかけてきたのがこの人だった。共に行かないかと言って手を差し伸べてきたのだ。まるであの時の、ペタの姿と重ねて見てしまって、私はその手に手を重ねた。

「お前は生きる。私は生かす。そしてお互い、償おう」

あまり大事なことは言わないけれど、それでもこの人が私を見る目は、あの姉に似ている気がした。

「あなたはもう少し女らしくするべきだと思います」

「それじゃあお前の友達でも探しに行くとするか」

「話を変えないでください」


fin
2015.01.18

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