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姉が去った後、私はすぐに立ち上がる。姉は私に大人しくしていてほしいのだろうけれど、どうせもうすぐメルが攻めてくるのだから、大人しくなんて出来るはずもないだろう。
それに、大人しくしていてほしいと思いながら私が大人しくしているはずがないと気付いているだろうし。
「まだ私のこと諦めてないみたいだし」
騒々しい音が聞こえる。チェスの兵隊がまだ足掻く音、メルが扉を破壊した音、城の中を駆ける音。まるで終わりが近づいてきているようで、けれど心は清々しい。
きっと彼女は私の魔力や気配に気付いて自ら来てくれるだろう。簡単に来てしまったら馬鹿としか思えないけれど、そうするのがきっと彼女だ。
重いローブは脱ぎ捨てて、身に着けているARMも殆ど剥きだしで、こんな風に戦おうとするのはロランを相手にする練習以外では初めてのような気がする。何だか私は、少しだけ変化しているのかな。
「見つけた!」
「思ったより簡単に来ちゃうのね。もう会いたくないのかと思った」
「ううん。色々考えたけど、私はやっぱり理解したい。そう思ったから」
やっぱりそう言うのね。自分ではない人を理解するなんて、無理な話なのに。
「私、やっぱりあなたのこと嫌いよ」
「うん。そうだと思う。だから戦おう。今度は負けない。クロスバスタード!!」
相手がウェポンARMを発動したから、私もウェポンを発動する。
「ホワイトランス」
私から切りかかる。そうすれば彼女は剣で受け止めるだろう。細い腕で剣を持って、殴ればすぐにでも倒れてしまいそうな体で立ち向かうのだ。
「死んでなくてよかった」
「私が死ぬと思ったの?」
「だってアオイ、ペタのことが大切だったんでしょ?」
こんな奴にも気付かれてしまうくらいだから、私は案外嘘を吐くのが下手なのかもしれない。今まで沢山嘘を吐いてきたけれど、全て見透かされていたのだろうか。
「今にも死にそうだったあなたは、あの時死んでしまったようだった」
一度離れて距離を取る。ある程度の距離で手を前に翳した。
「スノーストーム!」
氷のステージでもなければ、氷使いである彼女にこの攻撃は殆ど意味が無い。小さなダメージを与えるくらいだ。
「でも、まだ生きてる! 今までのあなたがあの時死んでしまったなら、今のあなたは生まれ変わった!」
「恥ずかしい台詞……」
でも、そこまで私に拘る人なんて、きっと彼女以外いないのだろう。
「話してあげる。あなたが聞きたいと思っていること」
「え?」
「聞きたいんでしょう? どうして私がここまで人を嫌い、世界を嫌うのか」
驚いた後、真剣な顔で頷いた。本当に正直な人だ。それでよくここまで生き残れたと思う。
そんな彼女に私は自分のことを話した。村であったこと、チェスの兵隊に入った理由、ペタを好きだったこと、死にたいと思うようになったきっかけ、彼に殺されたかったこと、その彼が死んでしまって、また生きる意味を失ってしまったこと。
私の身に起きた、ありとあらゆる話を彼女に聞かせた。もっと驚くかと思っていた、もっと動揺するかと思っていたのに、彼女は思ったよりも冷静に私を見ていた。
「それが……アオイが世界を嫌う理由……」
「分かったでしょ? 幸せに暮らしてきたあなたでは私のことを理解するなんて出来やしない」
「そんなことない! 相手の気持ちを理解するっていうのは、同じ気持ちになるってこと。話を聞いて、私はとても胸が痛んだよ。そんな人達がいることを知らなかった。そして、いないと思っていたから」
どうやっても理解する方向に持っていきたいらしい。
「私も村を壊された。チェスの兵隊の誰かに。それが誰だったのか見つけることはできなかったけれど……でも、世界を守れたらそれでいいと思ってる」
「それはあなたの事情でしょ」
「ううん。だって私もあなたも、大事なものを失った者同士じゃない! きっと理解できる!」
「私だって村を壊した。果物の栽培で有名な、小さな村だったわ。壊されたあなたと壊した私じゃ理解なんてできない!」
私がそういうと、酷く驚いた様子を見せた。そんなに驚くことだろうか。あんなに冷静に私の話を聞いていたのに、こんなことで動揺するなんて。
「今、なんて……?」
「村を壊した」
「果物の栽培で有名な?」
「そう。いくつか持ち帰って食べたけど、とてもおいしかった。それくらいしか覚えていないけれど……もしかして、あなたの村だった?」
決定的だ。彼女は私を理解できない。許すことができない。
「フローズ!!」
氷の竜のガーディアンだ。周りを凍らせるつもりだろうか。でも、そのガーディアンじゃ私を凍らせることはできない。
「確かに許せない! 大切な村を……村人達を……でも、それでもアオイはまだ引き返せる!!」
「理解するなって言ってるのよ! 何で分からないの!?」
「それでも理解するの! あなたは絶対に死なせない!」
どうして、私以外の人は私の心を見透かすの。
「クリスタロス! ウェーブ!」
「フローズ、コキュートス!!」
大きな波が凍らされていく。凍ったそれは私を囲んでいった。
「お願い、アオイ。生きて」
「バブル!」
「ヘイルブリザード!!」
雹や霰のような、氷の礫のようなものがバブルを打ち消して私の体を傷付けていく。
「あなたはどうしても私を生かしたいようだけど、ごめんね。私はやっぱり、この世界が――人間が嫌いよ。ハルフゥ!」
人魚のガーディアン。相手の動きを予知して水を操り攻撃する。
「ダメ! 死なせない! カルト!!」
氷の竜を戻して、5THバトルで最後に使ったガーディアンを出した。私自身を凍らせるそのガーディアンは、場に出ただけで既に脚が凍っている。
「あなたは死なせない!! 私と一緒に、この世を生きて罪を償うの! そして、人間は嫌ったままでいい。でもせめて、世界が美しいことだけは分かって!」
知ってるよ。この世界が美しいことくらい。
「だからアオイ、」
「それでも嫌いなの」
どう足掻いても、殺してくれないのね。もうあなたしか私を殺してくれる人はいないのに。
2015.01.08
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