雨色 | ナノ
46

「アオイは大丈夫だった?」

「多分」

「そう。曖昧なのにここへ来るなんて、アザミらしくないわね」

「ディアナと話をしにきたの」


私がカルデアにいた頃。私の家とディアナの家はそれなりに裕福だった。けれど私の両親はARM彫金の技術をもっと向上させる為にカルデアを出ようとする。勿論、全て事情を話した上で、許可を得て。

前例のないことに驚く者もいるだろう。それでも両親の決意は固かった。そして両親が決めた移住先は、カルデア以外で魔力がやけに集中している小さな村。

そこで何が起こるか、移住する前は知る由もなく。回避することも出来ず。結果、私は今チェスの兵隊にいる。

おかしな話だ。カルデアの厳しい掟に嫌気がさしていて、人を傷付けることも嫌悪していた私が、人を殺して世界を壊すことで浄化しようとするチェスの兵隊にいるなんて、矛盾している。

でも、目の前の大切な友人がいたら、何にも代えられない妹がここにいると決めたら、私にはここにいる以外の選択肢はないのだ。

「まだ、チェスの兵隊から抜けたいと思っているの?」

「きっともう、いる意味がないのよ。私には分かる。チェスの兵隊はもう、終わるから」

少し目を細めるディアナ。あんなに優しかった彼女は、その目付きも表情も、全て別人になってしまったようで、知らない人のようで悲しかった。

それなのに彼女はいつも私に笑いかける。柔らかい声音で、優しい言葉で。

「まだよ。私は諦めないわ」

「ディアナ、今ならまだ引き返せる。スノウを返して、謝って、そしたらきっと……」

「アザミ、好きよ」

「ディアナ……?」

「大切な友人として、たった一人の特別な存在として、あなたは私を理解してくれると思っていた」

理解してあげたかった。そして、あなたは違うと言いたかった。

「カルデアの人間として、ここで負けたら私は殺されるわ。その為に勝ち上がった人間がいる。だからアザミ、あなたが思う未来はないのよ」

いつだって優しかった。いつだって微笑んでくれた。いつだって理解してくれた。そんな彼女が全てを捨てる覚悟すらして、全てを壊すことを考えているなんて。

「ディアナ……やっぱりもう、無理なの?」

「ええ。もうすぐここに来るでしょうね。スノウを取り戻しに――私を殺しに」

私だってカルデアの人間だ。ディアナの言っていることは分かる。身内の不祥事は身内で……私はカルデアの掟でそれが一番嫌いだったから。

「本当は、私だって殺されるはずなのに……」

「アザミを巻き込んだのは私よ。それに、あなたを殺す身内はいないでしょう?」

「アオイがいるわ」

「アオイはカルデアの人間ではないわ」

「それでも私の身内よ」

何を言っても、私の言葉はディアナに届かないのね。

「アザミ、あなたに出会えてよかった。正しいと思っていないのに、昔みたいに私と一緒にいてくれて、嬉しかったわ」

私も、またディアナと会えてよかった。どこにも行く当てのない私にとって、友人であるディアナが唯一の帰る場所だったから。

「あなたと友人でよかった。でももう、お別れね」

鋭くて冷たい目……そんな目を私に向けられたことなんてなかった。

「ディアナ」

だから私は、彼女に私の気持ちを伝えよう。

「私もディアナが大好きよ。私のたった一人の友人だから」

――だから、さようなら


2015.01.01

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