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どうしよう……どうしよう……どうしたら彼は、目を覚まして私の名前を呼んでくれるのだろう。
あの時みたいに手を差し伸べてくれることも、冷たい手で手を握ってくれることも、慣れない手つきで頭を撫でてくれるのも、それによって得られる心の安らぎも、もう二度と与えてはくれない。
この世界に私がいて、ペタがいない。私が生きていて、ペタが生きていない。私が動いていて、ペタが動いていない。そんな世界、私にとっては無意味だ。
チェスによって浄化されようが、メルによって平和が保たれようが、ペタのいないこんな世界で生きていたって楽しくない。
もう死にたいなんて思わないから……ペタに殺してほしいなんて思わないからっ……だから生き返ってよ!
「アオイ、今は城に帰るんだ」
ファントムの声がして、漸く私は彼に頭を撫でられていることに気付いた。そんなことにも気付かない程ショックを受けていたらしい。いつの間にかペタの姿はなかった。
「そしたらアザミの元へ行くといいよ」
「どうして……」
姉の元へ行って、何になるのだろう。彼女はペタを生き返らせることができるの? そんな神様みたいなことが私の姉には出来るというの?
「君は少し心を落ち着かせた方がいい。大丈夫、アザミが君を突き放すことはないから」
どうしてファントムは泣いているの? ペタが死んでしまったから? ペタはファントムにとって大切な人だったの?
「だからアオイ、城へ戻るんだ」
とりあえず私はステージの上から退いた。よく考えれば、これからファントムはギンタとバトルだ。これまでチェス側は全敗していて、ファントムが勝たなくては世界を浄化することなんて出来ない。
彼はまだ、世界の浄化の為に戦うのだろう。
それならそれで構わない。私は邪魔にならないよう、ファントムに言われた通り城に戻るだけ。
ペタの姿がなかったのは、ファントムが消したからだろう。それが移動なのか消滅なのか分からないけれど、例えば移動ならきっと城にペタはいる。
そして、まだ生きている可能性があるのなら、やれることをするまでだ。ありとあらゆるホーリーARMを使い、必要ならダークネスやゴーストARMだって使ってやる。
「ペタ」
ねえ、もう嘘はつかないから。
「どこ」
殺してなんて言わないから。
「どこにいるの」
淡い期待を抱くこともしないから。
「……ペタ」
私の気持ちを全て口に出してしまうから……私の前に現れてよ。
「アオイ!!」
強く名前を呼ばれてそちらに振り返った。そこには姉の姿があって、心配そうな顔で私を見ている。
「こんなところに座り込んで……とにかくこっちに」
歩くどころか立つ気力さえない。情けなくも姉に支えられ、漸く立ち上がることができた。
「アオイがそんなになってしまうなんて、よっぽど好きだったのね」
「どうして……」
「そりゃあ、お姉ちゃんですから」
入ったのは見覚えのない部屋で、恐らく姉の部屋なのだろう。そこにあった椅子に座らされ、姉は向かい合うようにベッドに座った。
「ねえ、もし――」
「無理よ」
「まだ何も……」
「ペタを生き返らせることなんて出来ない。期待していたんでしょう?」
どうして、ファントムといい皆私の考えを読み取ってしまうのだろう。私は全くもって皆の考えなんて読み取れないのに。
「そういう顔してる。ファントムに何を言われたのか知らないけど、死んだ人を生き返らせることなんて神様でもない限りできるはずがないわ。神様だってそんなことしないでしょう」
ああ、そうか。生き返らないのか。ペタはもう、私の前を歩くことはなくて、私に命令することもなくて、私の名前を呼ぶこともないのか。
「本当は、あなたの願いなら何でも叶えてあげたい。でも、できることとできないことがある。アオイがどれ程それを望んでも、叶うことのない願いなのよ」
そう言いながら私を抱きしめる。温かい体温が伝わってきて、懐かしい感覚に襲われた。途端に涙が溢れてきて、姉の胸に顔を埋めた。ぎゅう、と強くしがみ付くのはまるで小さな子供のようだけれど、姉と言う存在はそれを受け止めてくれる。
「どうやらそろそろ勝敗が決するみたいね」
「ファントムはどうなっているの?」
「負けるでしょうね。少しゆっくりし過ぎたのよ。大人ぶって余裕を見せるから足をすくわれる」
随分と厳しいことを言う人だ。ファントムの膝で寝ていたくらいだからもっと仲が良いのだと思っていたけれど、ファントムが言っていたように彼女は彼を好きではないのだろうか。
「本気でそうしたいのなら、形振り構っていられないはずなのに」
ファントムは、彼が持っているガーディアンを全て倒されてしまい、最終的に素手でギンタを殴っていたが、大きくなったバッボが頭上に現れ落下したことで倒れてしまった。
それによって、このバトルの勝者はギンタとなり、ウォーゲームはメルの勝利で幕を閉じようとする。
「アオイ、本当はずっと一緒にいてあげたいのだけれど、私は少し用があるの」
「そう。でも、もう大丈夫」
スノウがクイーンの元へ連れてこられたことを考えれば、ギンタ達がここに乗り込んでくることは予想できる。そして、最後の足掻きを見せる奴らのことも目に見える。
「ねえ、アオイ」
「なに?」
「私達はどう足掻いても嘘吐きね」
そうかもしれないね。お姉ちゃん。
2014.12.28
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