雨色 | ナノ
44

バトルの騒音だとか、観客の声だとか、そういった大きな音の中で私の耳に届いた声は、きっと気のせいではなかったのだと思う。

「死んでる……」

そう言ったポズンは、最終決戦第五戦の勝者をナナシと判断する。それによって見ていた観客が大きな歓声を上げて、私が聞いた声はとっくのとうにかき消されてしまった。

「後はワレだけやで。ギンタ」

「うん!!」

ナナシが勝ったことでギンタにも気合いが入る。

「まって!」

「ん?」

そんなギンタを引き止めたのはドロシーで、手の中にあるそれをギンタに差し出した。

「これ、バッボのマジックストーンだよ。あげる」

「持ってるんならなんで今までくれなかったんだよ!!」

謝る気があるのかないのか分からない態度でドロシーは謝ると、ニコリと笑う。

「ギンタンは私の想像以上に駆け足でどんどん強くなっていった。だから今まで渡さなかったの。最後の最後まではね!」

そう言いながらマジックストーンをギンタに手渡した。

「戦闘中にスゴイの創造して。君ならできる」

そんな二人のやり取りを見ていると、私が会いたかった人の気配がした。見に来ているのか分からなくて、特に探すこともなかったのだけれど、これで確信に変わる。

人混みを掻き分けて姿を現す彼女はとても必死だった。

あの時彼女の声がした。大きな声で、ナナシの対戦相手の名前を呼ぶ声が。それは気のせいでも何でもなくて、確かに彼女が叫んだのだ。

「ペタ……!」

彼の名前を呼ぶ。恐らく届いていないであろう、彼の名前を。

「どうして……! ペタ!!」

まるでこの世の終わりとでも言いそうな、衝撃的な、酷くショックを受けたような、そんな表情をする彼女は私を倒した時とは全く違う雰囲気を纏っていた。

「アオイ?」

私が名を呼んでもこちらを見る気配はない。彼の名前を呼ぶことをやめてしまった後は、ただ一点を見つめている。何か言うわけでもなく、涙を流すわけでもなく、まるで全身固まってしまったかのように微動だにしなかった。

「君がいなくなるなんて哀しいよ」

そこに現れたのはファントムだった。彼はペタに向けて言葉を放つ。涙を流しながら。

「今までありがとう……」

ペタの姿を消しながら。

「さようなら」

どういうことか分からなかった。アオイがあのペタと言う男に何か特別な感情を抱いていたことは何となく感じられたけれど、それが何なのか、本人を見ただけじゃ分かるはずもない。何せ彼女は今固まっていて、何かを話すことも行動することも出来ないようだから。

ただ、彼女は今、死んでしまったように見えた。

まるで絶望したかのように、一瞬にして死んでしまったかのように、彼女の存在自体がなくなってしまいそうだった。今にも消えてしまいそうだった。そのままスッと、皆の見ている前で。

実際は生きている。息をしている。けれど、生きながら死んでいるかのような、そんな風に思わせるのだ。ファントムが彼女の頭を撫でても動かないから尚更。

ファントムがアオイに何かを呟いて、漸く彼女はステージの上から退いた。そして、こちらを見たファントムは鋭い目を向けていて、漸く彼が出てきたように思えた。

「やあ、ギンタ。随分と逞しくなったね。カルデアの時とは別人のようだよ」

「うるせえ!!」

「ギンタ! 強くなってわかることもあろう? あ奴、やはり只者ではないぞ!」

「わかってるさ。見える。あいつの……魔力が! しかもただ立っているだけなのに!」

「ダンナの時のように、楽しませてくれよ」

気付けばアオイの姿は見えなかった。一体どこへ行ってしまったのだろう。聞きたいことがあるけれど、今すぐに聞けるはずもないし、彼女が今一人になったら何をするか分からない。

本当に、自分で自分を殺してしまうんじゃないだろうか。

そう思ったら途端に心配になった。私が理解する前に、彼女が死んでしまっては意味がないのもあるけれど、私はとにかく彼女に生きてほしい。

例えばペタが彼女の最愛の人だったとしても、彼の分まで生きていてほしい。

そんなこと、私が言えるはずもないのに。私が言ったところで彼女の心なんて動かせやしないのに。

「ユーリちゃん」

「ナナシ……」

「アオイちゃんやったっけ? ユーリちゃんと戦った子やったな」

「うん……」

「何となく察しはつくけど、ユーリちゃんが気にすることやないで」

分かってる。でも、私は彼女を理解したいと思ったから……。

「でもあれやな。きっと、自分に復讐しにくるんやろうなあ」

ああ、そうか。その考えもあった。でも、やっぱり彼女はそんなことせずにただひっそりと死んでしまうんじゃないかと思う。

誰にも言わず、誰にも気付かず、誰にも知られずに。そっと息をするように、息を止めてしまうんじゃないだろうか。

もし彼女がまだ生きていてくれるなら、この最終決戦が終わったら会いに行こう。そして話をしよう。私の言葉でどれ程彼女を引き止められるか分からないけれど。

「あ、ナナシも悪くないからね!」

「ありがとうなあ」


2014.12.24

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