雨色 | ナノ
43

「アオイは馬鹿だよね」

そう言われても仕方ない。自分の気持ちなんて抑え込んでいればよかったのに、感情のまま言葉を放ってしまうからこうなってしまうのだ。今までだって我慢していたのだから、今回もそうすればよかった。

「本当にペタの気持ちが分からないのかい?」

「私なんか連れてきて後悔しているってことでしょう……」

「だから怒らせるんだよ」

そりゃあ、私は自分で自分を馬鹿だと思うけれど、そんな風に言われる程とは思えない。ファントムはやれやれと言った顔をしていて非常にムカつく。

「ペタがどれ程君を特別視しているか、君は全くもって分からないんだね」

「特別視なんて、そんなはずないよ」

「馬鹿だなあ」

人の気持ちなんて分かるはずがない。言葉にしてくれなければ、理解するなんて無理な話だ。

「まあ、言わないペタも悪いかな。でもさ――」

少し間を置いてファントムは言葉を放つ。

「自分勝手だったのは、君だって同じだろう?」

一番自分勝手なのはファントムだろうに。自分のことは棚に上げ、平然とした顔で言ってのけるのは彼だからこそのものだろうか。不気味な程の笑みも、声も、きっと彼だからこそだ。


例えば私の願いが叶ったとして、その場合私はペタに殺されるのだろう。ペタの手を煩わせてしまうのは申し訳ないけれど、それでも私はこの世から消えてしまいたかった。

ペタに気持ちを伝えるかどうか、そんなことはどうでもいい。私の気持ちは伝わっても、彼がそれに応えることはないのだから。それならその手で消してほしかった。

結局、殺してくれるわけでもなければ応えてくれるわけでもなくて、私は完全に生きる意味を失ってしまい、ただただ無意味に呼吸をするだけとなってしまったのだけれど。


私の願いが叶うことはない。それならチェスの兵隊を去るのも一つの手だと思いながら、最終決戦の観戦にきた。こうして間近で見るのは初めてだ。いや……一度バトルに出ていて、自分が戦う時以外は見ていたのだからその時も含めれば二回目か。

観客は多く、メルへの声援も大きい。

こんなに人がいるのにそれらは全て一点を見つめているからか、フードを目深に被ることをしなくてもこの空間にいることができた。

「その大いなる期待も――このメンバー達はきっと打ち砕いてくれるでしょう。出でよ、最後のチェスの兵隊!!」

ペタとファントム以外のメンバーが出てくる。二人はきっと後からくるのだろう。ファントムと言う人間……否、生ける屍はそういう奴だ。

「それでは第一試合! 出るのは!?」

「オイラ」

確か名前はジャックとか言ったっけ。キャンディスと引き分けた子。昨日のバトルでは見かけなかったから修行でもしていたのだろう。

「ならばワシが……」

出てきたのはヴィーザルのおじいさん。時々果物を分けてくれる。それを使って作るお菓子は、案外評判がよかった。

「よろしいですか? それではウォーゲーム最終決戦。第一戦を始めます!!」


ずっと戦いを見続けるのは案外疲れる。自分が出ないのもあるだろうが、これまでメルが勝ち続けているのもあるだろう。ヴィーザルが倒され、ロランも倒され、キメラでさえも倒されてしまい、ファントムの言っていた完全勝利とは一体何なのかと思ってしまう。

ここからじゃあロランの様子が分からなくて、何とか人混みの一番前にやってきたらロランはボロボロの状態だった。そして、私が必死に前へ出ようとしている間にハロウィンとアランがバトルをしていて、何やら過去の話をしている様子だった。

ハロウィンはやけにあのアランとか言うおじさんに突っかかる。憎くて仕方ないとでも言いたげに。

正直言ってしまえば、チェスの兵隊がメルなんかに負けるとは思わなかった。女子供ばかりのチームで、最終決戦まで来るなんて予想できるはずもない。すぐに全滅して、チェスの勝利で終わるのだと思っていた。

そしたら世界を浄化して、その後は――その後は一体何をするのだろうか。

「勝者!! メル! アラン!!」

ハロウィンはアランに文字通り吹っ飛ばされてしまい、残る試合はあと二つ。ファントムが最後だとしたら、次は彼だ。

「まさか、キメラやハロウィンまでやられるとはな」

ペタのバトルを見るのはどれくらい振りだろう。初めの頃はペタが相手をしてくれることもあったけれど、最近はそんなこともなくて、ペタが戦うところなんて見る機会が無かった。

ペタは相手を殺す気なのだろうか。ペタならきっと勝つだろうと思うけれど、メルが強くなっていっているのも確かだ。少し不安になるのは、私の精神が安定していないからだろうか。それとも相手が、やけにペタを敵視している男だからだろうか。

ウォーゲーム中に彼はペタの名前を言っていたような気がする。そして、昨日ファントムが率いてメルに会いに行った時に指名されたらしいし、ペタに何らかの恨みがあるのだろう。

イアンは怒りによって強さを発揮していた。けれど結果的にはギンタに説得され、負けてしまった。では、あのナナシとか言う男はどうだろう。怒りに任せてペタを攻撃するのか、或いは冷静に物事を判断してペタに勝ってしまうのだろうか。

私はこの世界を嫌っているけれど、消えてしまえばいいと思ったことなんてない。自分が消えてしまいたいと思っていたから。でも、ファントムが世界の浄化を望んで、ペタがそれを成し遂げようとするのなら、世界が浄化されようが消えようがそれに従うまでだと思っていた。

そもそも絶対的力があるとして、その力によって世界に何か影響を与えたら、誰にも止めようがないのだ。

ファントムはそれをしたいのだと思う。チェスの兵隊がメルヘヴンと言う一つの世界で絶対的力を持つことで、醜い世界を浄化する。でも、それをしてしまったら、その後私達チェスの兵隊は一体何をしたらいいのだろう。

目的が世界の浄化なら、目的が醜いものを全て消してしまうことなら、全て成し遂げてしまった後に残るのは一体何だろう。

そんなどうでもいいことを考えていたら試合なんてあっという間で、ナナシの力強い言葉にハッと我に返れば、愛しい人は今まさに巨大な電気鰻に巻きつかれようとしていた。ガリアンの時にも使っていたガーディアンだ。

「ペタ!!」


2014.12.21

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