雨色 | ナノ
02

手頃なARMを探して、小さな町の小規模な市場に行くことはよくある。ペタにARM収集を頼まれることもあって、自分の中ではそれなりに見る目を養ってきたと思っているくらいだ。

掘り出し物はあるかないか。稀に見る程度。でも、例えばリングダガーなんかがあると結構便利で、それ程魔力を消費しないARMは案外使える。

だから今日も私は、小さな町の小さな市場にやってきた。

「そこを、もうちょっと安くしてくれませんか?」

「でもねえ……お嬢ちゃん可愛いし、もうちっとくらいって思うけど、こっちも商売だからねえ」

「もうちょっと! あとちょっとだけ!」

値切りが下手なのだろう。ARMなんて、例えば貴重なものだったら下手に値切るよりそのまま購入した方がいい。それができないなら諦めるべきだ。手に取って確かめることのできないお店もあるくらいだし、貴重であればある程、手の届かない場所にある。

どうやらこのおじさんは、既にギリギリまで値段を下げている模様。このARMが欲しいならこの値段で買うべきだ。

「じゃあこれでどうだ!」

「うっ……まだちょっと……でも、おじさんにここまで下げて貰って、これでも買えないっていうのは失礼だよね。おじさん、このARM買います!!」

「まいどー!」

どうしてそこまで欲しいのか、そのARMを私は知らないから分からないけれど、こんな小さな市場で大した魔力も感じないARMだから戦闘用ではないのだろう。

「でも、こんなARMをそこまで欲しがるなんて物好きだねえ。何に使うんだい?」

「悪者退治、です」

一瞬目を見開いてしまった。値切りをしていた女の声がやけに静かで、それでいて重みのある色を孕んでいて、彼女が本気なのが伝わってくる。

「悪者? 盗賊とかかい?」

「盗みもすると思いますね。でも、盗賊じゃあない。簡単に人をも殺す集団――チェスの兵隊」

その名前を聞いて、店主が驚きの表情を浮かべた。それもそのはず。見る限り強い魔力も感じなければ、肉体的に鍛えられているとは思えない風貌をしている彼女が、六年前に世界を壊そうとした集団を退治すると言っているのだ。私が店主なら驚いて、その後馬鹿にする。

「本気か? チェスの兵隊なんて」

「本気ですよ」

「だったら尚更分からねえ……こんなところにあるARMで戦おうだなんて、無茶だ」

「無茶かもしれない。でも私は、絶対にチェスの兵隊を倒す」

力強く、自己暗示でもするかのように、店主にお金を払う彼女は言った。

「そうして平和が訪れたら、おじさんも安心して商売できるでしょう?」

にっこりと笑う。彼女は私に気付きもせず、購入したARMを受け取ってから去っていった。

私だって別に強くない。でも、彼女から感じられる魔力は、私の周りにいる人達に比べれば少なくて、細い手足は強く握れば折れてしまいそうだった。そんな彼女が、力強く言葉を放つのに、チェスの兵隊を倒せるなんて到底思えない。

ファントムがウォーゲームを開催したら彼女も参加してしまうのだろうか。きっと、すぐに死んでしまうだろうに。なんて可哀想な子。


「アオイはやけにイライラしていますね」

「手頃なARMを探しに町まで行ったらしいよ」

「そこで何かあったんでしょうか?」

「さあ? アオイって、私にもロランにもそういうこと話さないし、ペタやファントムには尚更話さないでしょ? こっちが聞かなきゃ答えてくれないし、聞いても答えてくれない場合もあるわ。だからなかなか聞けないのよ」

「そうですね……」

「ロラン、あんたなら聞けるんじゃない? 聞いてきなさいよ」

コソコソ話しているつもりだろうけれど、全部聞こえているのを彼らは気付いているのだろうか。チラチラこちらを見ては話しているのを見れば、私に用があることくらい分かるものだ。

けれど、彼らが言ったことは否定できない。

「アオイ。その、何かありましたか?」

「多分、嫌いな人に会ったからイライラしているだけ」

「嫌いな人?」

もう二度と会うことはないだろう。ウォーゲームが始まったって、彼女はすぐに死んでしまうはずだ。きっと、私が彼女の目の前に現れる前に。それなのに彼女の声が纏わりついて離れない。

絶対にチェスの兵隊を倒す? そしたら平和? 安心できる?

馬鹿だ。チェスを倒したって平和になるものか。この世に人間がいる限り、本当の平和なんて訪れない。醜い争いを繰り広げ、人は人を傷付けるのだから。

「アオイにしてみれば、人間全てが嫌いなものでは?」

「……そうね」

そして、彼女は私が一番嫌う人なのかもしれない。

「あんまりイライラしていると、折角の可愛らしい顔が台無しですよ? これからペタさんと会うんでしょう?」

私は自分を可愛いと思ったことなんて一度もないのだけれど、目の前のロランは何度も可愛いと言うし、よく意味が分からない。それと、ペタと会うことに何の意味があるのだろうか。

「私の顔と、ペタと会うことの関係は?」

「ありますよ! アオイはペタさんのことが好きなんでしょう?」

「だから?」

「いっぱいお洒落をして、可愛くしたらペタさんもアオイのことを、」

「それはないよ」

私がどんなにお洒落しても、どんなに可愛くなっても、ペタは私を好きにならない。そんなこと、ペタにとってはどうでもいいことだからだ。ペタの為にしたとしても、それはペタにとって何の意味も成さない。

「アオイは、それでいいんですか?」

「いいの」

それでいい。私はここにいて、ペタと共にいられれば幸せだ。

ああ、あんなに嫌いな女のことで苛立っていたのに、ペタのことを考えたら心が幸福で満ちていく。それが恋だと言うのなら、私はペタのことがこんなにも好きなのだろう。

「人にとっての幸不幸は、他人には理解しがたいものだよ」

私にとっての幸せとは、誰かを心の底から愛すること。そして――

「……アオイが納得しているのであれば」

心底理解できないと言うような表情を浮かべるロラン。私の方が年下なのに、相変わらず押しに弱い。彼だって、自分が信じる思いくらいあるだろうに。

まあ、そんなロランだからこそ、彼は好きな人間の部類に入るのだけれど。


2014.06.08

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