雨色 | ナノ
42

この世界が平等だったことなんて一度もないけれど、それでも淡い期待を抱いてしまうのは仕方ないことだ。

そんな風に思いながら、目の前の男にどうしたらいいか分からず。もしかしたら私はこのまま死んでしまうのだろうかとさえ思えてきて、喜ぶべきところか悲しむべきところか分からなくなって、結果彼を凝視してしまう。

「ふざけるのも大概にしろ」

低い声が響く。私に向けられた声なのに、どうしてか他人事に思えてしまって思わず首を傾げた。

「お前はまだ、死にたいなどと思っているのか」

どうしてペタがそんなことを問うのか、事の次第は数分前に遡る。


最終決戦を控え、思うところがあるのか誰かと話をしたり、或いは一人で佇んでいたりと各々好き勝手していた時。私は最終決戦に関係ないから、とりあえずペタに頑張ってとだけ言おうとファントムの部屋に向かっていた。

ファントムとの話は終わったのか丁度出てきたペタと出会い、私はそのまま彼に言葉を放つ。

「明日……」

そこで、頑張ってとは何て上から目線な言葉だろうと思った。私は大した活躍もしていないと言うのに、しかも階級も下だと言うのに、そんな私に頑張ってと言われたいだろうか。私ならどんなペタからの言葉も嬉しいが、私とは違うペタはきっと頑張ってなんて言葉いらないだろう。

「勝つよね」

「当然だ」

「うん」

結局頑張ってと言えず、臆病な私はペタに背を向けた。

「アオイ」

久々に名前を呼ばれた気がする。実際はそんなことないのに。何だかとても、長い間呼ばれていなかった気がした。

「他に言うことはないのか」

「他に……?」

他に……何か言うことはあっただろうか。明日はバトルなのだから、余計なことは言わない方がいいだろう。その余計なことも特に思い浮かばないのだけれど。

「あれは確か、お前がお使いから慌てて帰ってきた時だったか。人間への嫌悪を増すことになり、それと同時に色々と悩んでいたな」

何でそんなこと……。

「人が嫌いなのに誰かを好きになる矛盾と、消えてしまいたいのに消えてしまえないことへの苦痛から、あの頃のお前は死にながら生きているようだった」

ファントムじゃあるまいし、ちゃんと生きているよ。

「それから少しして、お前は私に期待を抱くようになったな」

怖い。この後の言葉が怖い。全て気付かれているんじゃないかと思えてきて、聞きたくない。

「私に殺してほしい、と」

咄嗟に逃げようとした。きっと追いかけてくることはないと思ったから。でも、逃げることすら許されなかった。壁に縫い付けられるように腕を押し付けられ、覆うよう見下ろすペタが怖い。

心臓がバクバクする。このまま破裂してしまうんじゃないかと思う程に、うるさくて忙しない。

「逃げようとしたな? つまり、事実ということか」

視線だけで殺せるんじゃないかと思う程に、ペタの目は冷たくて鋭い。今までこんな目を見たことが無くて、初めて私はペタにここまでの恐怖を抱いた。


そして私はペタに、ふざけるなと言われてしまう。けれど、事実なものは仕方ない。死にたいと思ってしまうことも、ペタに殺されたいと思っていることも、全て事実なのだ。

「私の気も知らずに、よく殺してほしいなどと思えたな」

ペタに殺してほしいと思う中で、だからと言って彼からの命令を失敗し続けると言う選択肢はなかった。私は私なりにペタの役に立って、それでもしペタが私の望みを叶えてくれるのであれば、あわよくば殺してほしいと思っていたのだ。

人が嫌いだから。ペタが好きだから。矛盾してしまう自分が嫌いだから。それでもペタのことは大好きだから。いっそ殺してくれたらいいのに、と何度も思った。

ペタのことが好きなまま、人間を嫌いなまま、死んでいけたらいいのに。

「お前はいつも嘘をつく。自分から言わないし、聞いても言わないことがある。だが、それでも生きていくことに迷いはないと思っていた」

「ごめんなさい……」

ペタが私の腕を解放してくれて、掴まれていたところがヒリヒリと痛んだ。

「私はお前の要望に応えるつもりはない。お前のような人間は、殺す意味もない」

どうしても死にたいかと問われたら、私はきっと首を横に振る。中途半端な思いを抱いて、ただただ嫌いと言うだけで死にたいと口癖のように思っていただけだ。

でも、本当に殺されるなら……本当にペタに殺されるなら、それはきっと幸せなことなんだと思っていた。

だってペタは、私のことを絶対に好きにならないから。私が生きていても死んでいでも、ペタが私を好きになることはないから。それだったら、生きている意味なんてない。

「待って、ペタ」

私に背を向けて歩くペタを呼び止める。ピタッと動きを止めて少しだけ振り返った。長くて真っ直ぐな髪が揺られて、何て美しいのだろうと思う。

「私、ペタが好き」

私の言葉を聞いて、ペタはちゃんとこちらを向いた。

「好きなの。ずっと好きだった。今も好き。きっとこれからも好き。でも、あなたに必要とされないなら……私は生きている意味がないの!」

感情に任せて言葉を放つなんて、あの女と戦った時が初めてだったけれど、私は案外ずっと我慢していたのかもしれない。

「だから、もう必要じゃないなら……殺して」

私の切なる願いは、彼に届いただろうか。ペタの目を見れば、やはり冷たい目をしていて私の淡い期待は崩れ去った。


2014.12.18

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