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「今の話は、誰にもしたことがないんですよね?」
「うん。まあ、私が殺されたいと思っていることはファントムにばれているみたいだけど……」
それに、ペタも気付いてる。
「どうして、僕に話してくれたんですか?」
「ロランがあまりにもお人好しだったから」
「えっ! ぼ、僕ってお人好しですか!?」
「ちょっとね」
でも、話せて楽になった。誰に対してもこれだけは私の秘密だったから。誰にも言えないと思っていたから。言ったら、突き放されてしまうかと思っていたから。
結局ロランは突き放さないし、だからこそ楽になれたのだろう。
「もしかして、少しは死にたくないって思いました?」
「ごめんね。それはないよ」
ロランは好きだ。友人として、本当にいつも助かってる。キャンディスも、アッシュも好きだけれど、それでも私は人間が嫌いだ。誰かを好きだと感じる度に、村人達の顔が脳裏に浮かんでくる。
「やっぱり私は、人間が嫌い」
ロランはやっぱり切ない笑みを浮かべて、「そうですか」とだけ呟いた。
私はもう一度ファントムの部屋を訪れる。言いたいことがあって部屋を訪ねたのに、言わずに飛び出してしまった。例え姉がファントムとそういう関係だったとしても、私は自分の用件を伝える。
「私、勝ったけど次のバトルには出ないから」
「そう言うと思ってたよ」
本当、何でも見透かされてる。ムカつく程に。
「ところで、その膝の奴は?」
「君の姉だよ?」
「それは分かる。どうしてそうなったの?」
地べたに座ること自体どうかと思うのに、ファントムの膝に頭を乗せて目を閉じているってことは眠っているのだろうか。眠り難そうなのに。
「アザミが僕に心を開いている証拠かな」
そうだろうか。あの姉はファントム――チェスの兵隊の思想に同意するとは思えない、そもそもここにいること自体おかしなことだ。それなのにここまでファントムに心を開くのは、どう考えても何かあったに違いない。
「まさかファントムに洗脳されているんじゃ……」
「人聞きの悪いこと言うなあ」
「その姉は私よりずっと、正義感に溢れているから」
「アザミを家族と思っているの?」
どうして驚くのだろう。彼女が姉であることに変わりないのに。
「家族でしょ? 正真正銘、血の繋がった」
「僕はてっきり、アザミのことなんてどうでもいいと思っていたよ。ちゃんと家族だと思っていたんだね」
「家族だと思っているけれど、どうでもいいことに変わりない。ただ、私の中の大切が姉以外にも増えてしまっただけだ」
「ふーん」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるから睨み付けてやった。ここにペタがいたら頭を叩かれてしまうだろうか。
「アザミがクイーンと仲が良いのは知っているよね?」
「まあ……そういえば、どうして仲が良いの?」
どういった経緯があったのだろうか。クイーンと言えばファントムより上の人間だと言うのに。
「だから僕とも自然と仲良くなったんだよ」
「私の質問は無視?」
「一応アザミをここへ連れてきたのは僕だからね。やっぱり僕に一番心を開いてくれていると思うんだ」
愛おしそうに姉――アザミを見る目が、とても生ける屍とは思えなくて、優しい手つきで髪を撫でる彼が、本当にチェスの兵隊のファントムなのか疑ってしまう程だった。
ファントムはどうして、そこまでアザミを気に入っているのか。私には意味が分からないのだけれど……まあ、見た目だけなら彼女はいい方だと思うし、つまりはそういうことなのだろう。
「アザミって可愛いと思うんだ」
「突然なに?」
「アオイがお菓子や料理を作るようになった後、自分も何か作りたいって厨房に入ったら大体半壊させてくるけど、そこがまた可愛いし」
もしかして厨房を壊したのはこの姉か。
「どうしてアザミは僕のこと好きにならないのかなあ」
「ファントムを異性として見ていないんじゃない?」
そう言ったら衝撃的な表情を浮かべた。
「あ、でも違うかも……私はペタが大人だろうが子供だろうが、男だろうが女だろうが、或いは猫だろうが犬だろうが、それがペタならきっと好きになっていたと思う」
「へえ。でもアオイはそれを伝えないよね」
「伝える意味がない。伝えても、ペタを困らせるだけだもの」
「伝えずに死ぬのかい?」
ドキッとした。もうばれているのだから、変に反応する方がどうかしている。いつも通り、普通に接すればいい。
「最後に呟くくらいのことはするかもしれない」
私がそう言うと、ファントムはフフッと笑う。相変わらずの不気味な笑みで、相変わらずの声で。
「本当、君達姉妹はよく似ている」
2014.12.06
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