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ファントムには、何もかもを見透かされているような気がしていたけれど、まさか本当にばれていたなんて思わなかった。誰にも言ったことのないことを見破られるのがこんなに恐ろしいなんて知らない。
しかも、死にたいなんてばれたら面倒なことになりそうな女もいた。追いかけて来たらどうしようかと思ったけれど、幸い女が追いかけてくる様子はない。
「アオイ!!」
でも、まさかロランが追いかけてくるなんて思わないじゃない。
「なんでっ……ロランが!」
「すみません! ファントムの部屋での話を、聞いてしまって……!」
お互い走りながら話すものだから、途切れ途切れに言葉を放つ。止まればいいのに、止まってしまえば私は彼に問い詰められてしまうことを考えれば、やはり止まることはできなかった。
「アオイ! 待ってください!」
「ごめん、ロラン!」
「気付けなかった僕もいけなかったんです! いつもアオイは喜怒哀楽を表に出さないけれど、それでもここにいる時……僕らと話している時のアオイは、楽しそうに見えたから!」
楽しくなかったわけじゃない。
「色々聞きたいことはあります……でも、アオイがどうしても言いたくないというのなら無理に聞きません! でもせめて、今日のバトルに勝ったことをお祝いさせてください!」
どうしてそんなに、お人好しなのよ……。
「アオイ?」
全力で走っていた脚が止まっていく。疲れたのもあるけれど、正確に言えば走る気力が失せてしまったのだ。彼の言葉で。
お互いに荒い息を整えるように肩で呼吸をして、落ち着いてから話始めようと少しの間がやけにおかしくて、隠しておくのが馬鹿らしく思えてしまった。
「分かった。ロランにだけ話す」
「えっ!? でも……」
「お願い、聞いて。それでもし、私のことが嫌いになったらちゃんと言って」
私が暮らしていた村の破壊が終わり、ペタの手を握ってチェスの兵隊へやってきた後、私は自分の無力さを思い知らされる。
ARMを扱うのは難しくなかった。ペタが言うに、資質だとか素質だとか、そう言ったものがあったらしく、両親や姉がARMを発動するところを何度も見てきたこともあって楽しく修行していたと思う。
きっと柄じゃないだろうに、私の面倒を見てくれるペタは決して優しいとかそう言うんじゃなかったけれど、それでも彼に惹かれたのは彼の強さだとか、或いは私を救い出してくれたからなのかもしれない。
彼の為に強くなろうと思った。そしたら褒めてくれるかもしれないと思ったし、必要とされるかもしれないと思ったから。私と同じ感情を彼にも要求していたわけじゃない。ただ、私がいることで彼の役に立てたら――何かになれたらいいと、淡い思いを抱いた。
けれど、実際はそんなことあるわけもなく。幼かったこともあるのかもしれないけれど、ペタが私を必要とすることはなかった。役に立つこともできない、何かになれるわけでもない。そう感じてしまった時に、村にいた時と似たような思いに襲われて、彼と私の力の差が開けば開くほどに、私はどんどん消えてしまいたくなった。
元より、私はこの世から消えてしまいたいと思っていたし、丁度いい頃なのかもしれないと思って誰にも内緒で自殺しようとしたら、途端にペタへの愛しさが溢れてきて、涙が止まらなくなった。
死んでしまえば彼に会うことはできない。声を聞くことも、触れることもできない。死ぬことはきっと簡単だけれど、生まれることは簡単ではないのだ。
結局私は死ねなかった。
死ぬことも、ペタの役に立つことも出来ない私は何ができるだろう。何をすればいいのだろう。いくら問うても問う相手がいなければ答えなんて返ってくるはずもなくて、自分の部屋でただただ泣いた。
そんな時、ペタの命令で町にお使いに出た。簡単なお使いで、私でもできることだった。でも、私じゃなくてもできることだと思った。そんな風に思いながら歩いていれば、私の耳には色んな情報が入ってくる。
誰かが何かを盗んだとか、誰かが誰かを傷付けたとか、誰かが何かを壊したとか、誰かが突然死んだとか。大きな町だったし、色んなことがあるのだろうと思っていたら突然腕を掴まれた。
「お前、アオイか?」
見覚えのある顔だったけど、はっきり覚えているわけではなかった。けれど、確かに私の名前を呼んだその男は、私に嫌悪した表情を浮かべていて、その口から村の名前を呟いたのだ。
「お前、生きていたのか。あの状況でよく生きていたな? そういえば、あの男とお前が話している姿を見たと言っていた奴がいたが、まさかお前があいつに頼んだんじゃないだろうな?」
捕まれた腕がギリギリと悲鳴を上げる。少しでも力を抜けば簡単に折られてしまいそうで、必死に抵抗した。
「俺達の村を、よくも……!」
男の足を思い切り踏みつけて、怯んだ隙に手を払いのける。そしてまだあまり使い慣れていないアンダータを使ってペタの元へと逃げるように帰った。
幸い頼まれたお使いは大分終わっていたし、残ったものに関してはどんな罰も受け入れるつもりだった。けれど、私の腕を見たペタがすぐにホーリーARMを使ってくれて、お使いに関しても特に怒られることもなくて、私は絶対的に彼のことが好きなのだと思い知らされる。
この件で私はペタへの気持ちを増幅させながら、同時に人間への嫌悪も強くしていった。
ペタのことが好きなのに人間が嫌いなんて、なんて矛盾しているのだろう。彼を好きでいる間は死ぬことすらできないのにどんどん好きになっていくのが怖くて、そうして考えた結果、どう足掻いてもペタが好きで人間が嫌いなら、この人に殺されればいいんだと思った。
そしたら私は嫌いな人間とさよならが出来て、ペタに殺されるから愛しさで後悔することはない。
酷く自分勝手な考えだと分かっていても、それが私にとって一番納得のいく答えだった。
「どうやったって、私は人間が嫌い。この世で生きていくのが辛い。息苦しいの」
今も、外に出る時は怖い。見られるのが怖くて、皆が村の連中なんじゃないかと思えてきて、皆が自分の敵のように見えてしまう。
「きっとペタに殺されたら、私は楽になれる。幸せに死ねる。そう思った」
驚いた表情をして、けれどとても冷静にロランは私の話を聞いていた。相槌を打ちながらも決して私の話を邪魔することはなく、真剣に聞いてくれていた。
「話してくれてありがとうございます」
ありがとうと言いたいのはこっちだ。こんな話を最後まで聞いてくれて、本当に……。
「きっと僕には、これを言う資格はないのかもしれない。でも、それでも言わせてもらえませんか?」
それにコクンと頷くと、ロランは少し切ない笑みを浮かべて言葉を放った。
「死にたいとか殺されたいなんて、思わないでください」
2014.12.04
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