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「今、ここにペタはいない。暫くは部屋に籠っているだろうね。だからアオイ、遠慮なく本当のことを話してみなよ」
ファントムや私から目を逸らし、複雑な表情を浮かべる私の妹――アオイは口を開こうとしない。
彼女は、ファントムに話があると自らこの部屋にやってきた。部屋の中には既にファントムがいて、そして隣に私がいた。今回のアオイのバトルについて丁度話していた時だった。
私を見た途端、彼女は何かを悟るように声を洩らした。それからアオイは黙ってしまい、ファントムの方から声をかけたのだ。
「君はペタに嘘をついた。ペタは嘘だと分かっているだろうねえ」
私も聞きたいことはいくつかある。今回のバトルで、相手の女の子に「死にたいのか」と問われたアオイは酷く動揺していた。
もし、彼女が死にたいと言うのなら、私は彼女を――大事な妹を殺すだろうか。答えは否。殺すはずがないし、死なせやしない。彼女が死にたいと思っても、それを実行しようとも、例え私が死んだとしても彼女を生かすことに全力を尽くすだろう。
でも、それでも彼女は死にたいと言うのだろうか。
「どうしてアオイはそこまでして死に……否、ペタに殺されたいんだい?」
「えっ」
驚いた。思わずファントムを見てから、もう一度アオイを見れば彼女も目を見開いて驚いている。そして図星をつかれたとでも言いたげな表情を浮かべてファントムを凝視していた。
「思えば、ここに来た時からアオイはペタに興味を抱いていたよね。けれど、その後少しするくらいからかな? 別の意味を含んだ目で見るようになっていた」
「それは……」
もし、アオイがチェスの兵隊に来てすぐに会っていたら、死にたいなんて思わなかったのだろうか。それとも、結局はそう思うことになるのだろうか。
「君はいつから、ペタに殺されたいって思っていたの?」
ファントムの問いに答えられず、居辛くなったのかアオイは走って部屋を出て行ってしまった。
「アオイ!」
思わず名前を呼んでも彼女は少しの反応も見せず、ましてや振り返ることも無い。私はその後を追うように出入り口に駆け寄るが、ファントムの声によって止められた。
「今は放っておくといいよ」
「もしアオイが自殺とかしちゃったらどうするのよ!」
「自殺するくらいならペタに殺されたいって思うはずないだろう? 死にたいのに今も生きているのは、自分では死ぬ勇気がないからだ」
「死ぬことに勇気も何もないでしょ!!」
「落ち着いて、アザミ」
落ち着いてなんかいられない。大事な妹が死にたいと思っていたことも、ペタに殺されたいと思っていたことも、全部気付けなかったんだから。私はアオイのお姉ちゃんなのに。
「アザミは、随分とお姉ちゃんということに拘るよね」
「それが、何よ。そんなことより離して」
ファントムは私の腕を掴んで離してくれない。時間稼ぎをするように邪魔されて、私のイライラが募っていく。
「君がアオイのお姉ちゃんだからって何になるのさ。逆に、アオイのお姉ちゃんじゃないからって何を失うんだい?」
「あの子はっ……アオイは私を、家族と思っていないから……」
家族みんなで暮らしていた時ならまだしも、だ。今のあの子は私に興味を抱くどころか、私を姉として認識しているかも危うい。彼女が私を見る目で分かる。アオイにとって私は、きっとどうでもいい存在なのだ。
「私は何よりもアオイが大切なのに……あの子を忘れたことなんて一度もないのに……血の繋がりだけが、私とアオイを繋げるたった一つのモノなのよ」
「血の繋がり、ね」
「だから離して! 私にアオイを追いかけさせて!」
「アオイが君を家族と思っていないなら、血の繋がりだって意味はないんじゃないかな」
低いファントムの声が耳に届く。私を行かせる気がないらしい。本当に邪魔する気で、彼は私を捕まえている。
「アザミの異常な妹への愛情は面白いし、別にそれでもいいと思うけど、今回ばかりは君のいないところで育った彼女の感情だからね。アザミが出て行ったところで、あの子は聞く耳持たないと思うよ」
それは、私が彼女と離れていた年月が物語っていた。私がファントムやディアナに言われて陰から様子を見ていた時、彼女は私ではない別の人に信頼を寄せるようになっているのだから、ファントムの言うように私が出て行ったところで意味はない。
「それに、さっきも言ったけどさ。あの子は自殺なんて絶対にしない。そうじゃなかったらとっくに死んでるよ」
ファントムは、もう私が抵抗したりアオイを追いかけたりしないと思ったのか、腕を掴む手を緩めてくれた。実際、もう動く気力は無い。
「ところで、アザミは今日、何をしようとしていたのかな?」
そして、静かにそう問われて、思わず心臓がドキッとした。
「何の話?」
「誤魔化しても無駄だよ? アオイのバトルだって言うのに僕の部屋にもクイーンの部屋にもいなかった。だけどバトルの結果は勿論、その過程も知っている。どうして?」
「見てたからに決まっているじゃない」
「君からアンダータは奪ったはずだけどなあ?」
時にファントムは、その不気味すぎる程綺麗な笑みを浮かべながら私を追い詰める。先程のアオイと同じ状況だ。アオイが逃げ出したのも納得できる。これは怖い。
そもそも、アオイが来るまでバトルの話をしていたし、元より彼はこのことを話す為に私をここへ呼んだのかもしれない。そう考えると、何も考えずに部屋へと来てしまった私は酷く愚かだ。
「君がチェンジを欲した理由はこの為かな?」
「別に。ただ、そこにあるモノとモノを入れ替えることが出来たら便利って思って、欲しがっただけよ」
「フフッ……つくづく君達は、図星をつかれた時の嘘が下手だね」
ファントムは自分の椅子に座ると、私を前に立たせて腰に手を回した。
「アザミは少し、アオイを忘れた方がいいかもしれないね」
「嫌よ。私があの子を忘れるのは、私が死んでからだ。ううん……死んだって忘れることはない。そのくらいの自信はある」
「そう言うことじゃなくて、もう少し自分のことを考えてもいいってことだよ」
むしろ私は、いつだって自分のことしか考えていないように思う。アオイが悲しむなら私も悲しい。アオイが怒っているなら私も怒る。アオイが幸せなら私も幸せなのだから。
「君にとっての幸せって?」
「アオイが幸せになること」
そう言い切ると、ファントムはまた笑った。
2014.11.30
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