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「今回は相手が悪かったな。俺はユーリを責めない」
そう言って、アシュラさんは私の頭をクシャクシャに撫でる。これは最早撫でるの範疇を越えている気がするけれど。
「しかし、感情に任せすぎだ。お前は元からそういうところがあるが、それにしたって今回はどうした? フィールドか、相手か」
悪いのは自分だ。そんなの、自分が一番よく分かっている。
「お前が戦ったのは前に言っていた、偶然出会ったチェスの兵隊だな?」
「……はい」
「やけに気にしているとは思っていたが、感情移入でもしたのか」
違う。そうじゃない。
彼女は、あまりにも自分と考えが違ったから、あまりにも世界を嫌っていたから、そんな人が思いを改めてくれたらと思った。そんなこと無理な話だろうに。
好きから嫌いになるのはあっという間で、いつの間にかで、とても簡単なのに。嫌いから好きになるのはとても難しいことだと理解していたはずだった。
「今回、唯一負けたのはユーリだったな。お前はラプンツェルを倒しているし、決して弱かったわけじゃなかった。それによく戦ったと思う。いいバトルとは言えないがな。誰もお前を責める奴はいない。だからもう、泣き止んでくれないか」
帰ってきてから涙が止まらない。
あんなに世界を――人間を嫌ってしまった人がいることも、その人を理解したいと言ったのに勝てなかったことも、彼女の魔力や迫力に気圧されてしまったことも、全てが情けなくて悔しくて、どうしたらいいのかも分からない。
「ユーリ」
ビクッと肩が揺れる。聞きなれた好きな声が私の名前を呼ぶから。泣いている姿なんて見せたくないのに、だからアシュラさんと一緒にいたのに。
「もうユーリは、ウォーゲームに出ない方がいい」
思わず目を見開いて、私の体の動きが止まってしまったんじゃないかと思うくらい、その場から動けないでいた。
「最初からあまりよくは思っていなかった。確かに強くなったが、それでも危険が多すぎる……今回の件で一層、参加しない方がいいと思った」
聞きたくなかった。弱さを改めて思い知らされるみたいで、アルヴィスに必要とされていないようで、足手纏いだと言われているのが、嫌で仕方ない。でも、言い返すこともできない。
結果、何も言えずにその場から逃げ出してしまった。
「ユーリ!?」
「はあ……」
今度こそ私達でチェスの兵隊を倒そう。そう言ったのは随分と前のことだけれど、忘れたことなんて一度もなかった。けれど、それでも私が足手纏いなら……いっそ私は戦わない方がいい。
そんなこと分かっていたし、自分でもそう思っていたことだけれど、実際にアルヴィスの口から聞いてしまうと、本当に私は役立たずのようで。
「ユーリ!!」
そうやって名前を呼ばれても振り返ることなんて出来なくて。
「待て!! ユーリ!」
腕を引かれて漸く私の脚の動きは止まった。
「その、俺の言葉でユーリを傷付けるつもりはなかったんだ……俺はただ、ユーリに傷付いてほしくないだけで、ユーリが弱いとか、足手纏いだとか思っているわけじゃない」
思い切り走っていたせいで息が切れて何も話せない。折角アルヴィスが話してくれているのに、返事をすることができない。
「実際、ユーリは強くなったと思う。でも女の子だろう? 傷を負ってまで戦う必要はないし、俺はユーリが傷付くところを見たくないんだ」
何も言わない私に、アルヴィスは腕を掴む手の力を緩めた。そして少し離すと、何を言おうか迷っている素ぶりで口を開けては閉じる。
「……アルヴィス」
我ながら単純だと思うのだけれど、それでも、強くなったと言われて嬉しいと思う。
「私は、戦いたいから戦う。戦って、それで世界が守れるなら、戦いたい」
「ユーリ……」
「心配してくれてるのは分かった。でも、足手纏いでも戦っていいのなら――」
守られてばかりなのは嫌だった。何もできない自分が情けなくて悔しくて。何かしたいって思うの。それは私の自分勝手な思考だろうけれど、それでもこれが私の意志だ。
「ユーリはとりあえず精神を落ち着かせるため、休むべきだ」
「でも、アランさん」
「今回はアシュラの言う通り、相手が悪かった。だが、見ている限りお前の精神にも問題はあるだろう」
やっぱり言い返せない。
「それに、あの様子じゃあもう出てこないだろうな。あの女」
「オッサン、何でそんなこと分かるんだよ?」
「ユーリによってあいつの精神をかき乱したからだ。相手は相当ユーリを嫌ったはずだし、そんなユーリともう一度戦おうとは思わねえ。人数次第じゃ次もユーリが出てくる可能性もある。それを考えれば、相手は出てこねえだろうな」
「なるほど……」
「じゃあ、もし次もでてきたらどうするんや?」
「ユーリ以外が戦えばいいだろ。どっちにしろ、ユーリはまだ精神的に落ち着いてねえ。だから休ませる」
私に勝ったアオイは、次も出てくるのだろうか。勝った人間には次がある。チームとして勝った私にも、次がある。
「いいな? ユーリ」
「はい」
アランさんの言う通り、精神的に落ち着いているかと言われたら肯定できない。
「ユーリ、どっちにしろ明日は休みだ。ゆっくり休めば次に出られないこともないだろう」
「アシュラさん……」
「ああは言っているが、アランは結構お前のことを心配しているんだ。アルヴィスといい、アランといい、どうして男は素直じゃないんだろうな」
そうやってフォローしてくれるのはアシュラさんの優しさなのかな。
2014.11.26
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