雨色 | ナノ
35

私が取り乱すことなんて殆どなかったと思う。だからか、アッシュもキャンディスも勝った私に何か言いたそうにしては、何も言わずに様子を窺っていた。

ほんの数秒して、まるで決意をしたとでも言いそうな表情でキャンディスが私に話しかけてくる。

「アオイ、大丈夫?」

どうして、勝ったのに大丈夫と問われてしまうのか。そんなの私が一番よく分かっている。

「あんまり」

今だって少しイライラしている。彼女が凍らせてくれたおかげで冷静にはなれたけれど、みっともない姿を晒したことには変わりない。今回のバトルは、きっとファントムもペタも見ているだろうし、折角勝ったけど次の出場は期待できないだろう。

というか、私はもう出たくない。あの女とは戦いたくない。でも、あの女はきっと、次に私が出ればまた出てくるような気がした。そう思わせるのだ。


私の後のバトルは、ただただ眺めていただけだった。キャンディスがドローになり、アッシュが敗北し、後から堂々と登場したガリアンでさえ負けてしまう様は、いっそ清々しい程だった。

メルがレギンレイヴへ帰る際、私が戦ったあの女を見ていれば、メルとしての勝利は喜んでいても、やはりどこか浮かない表情を浮かべていて、心底面倒だと思った。

「アオイ、どうしたの? そろそろ帰るわよ」

「……帰りたくない」

多分、私の方も心底面倒だと思う。

「アオイは勝ったんだからいいじゃないか。勝ったのに責めるファントムじゃないぜ?」

私は別にファントムからの言葉の心配をしているわけではない。

「ペタだって、勝ったんだから責めやしないって」

私が強さを求めたのも、殺すのも、壊すのも、ウォーゲームに参加したのも、全部理由はペタの為で、そして自分の為だった。

罪を重ねれば殺してくれると思った。死ねると思った。この世界から消えてしまえるのだと思っていたのだ。でも、そんなこと、折角チェスの兵隊に連れてきてくれたペタに言えるはずないじゃない。ばれたらそれこそ、邪魔者扱いされてしまいそうで、ずっと隠してきたのに。

アッシュやキャンディスは何も言わないけれど、きっともうばれてしまった。今回のバトルを見ていた全ての人間に。

「とにかく帰りましょう。それで、ペタが何か言ったら私が殴ってあげるから!」

そう言って手を引いてくれるから、本当にそうかなって思ってしまう。


「酷い試合だったな」

アッシュとキャンディスの嘘吐き……。

「ごめんなさい……」

「お前ならもっと他の戦い方があったはずだ。相手につられたか」

「そんなはずは……ないと思うけど……」

「しかし、顔見知りみたいだったが?」

確かに顔見知りだった。ちょっとバトルっぽい雰囲気になったと言ってもいい。けれど、別にそんなこと関係ない。ただ、今回つられたのは、あの女が私の考えを見抜いたからだ。

それに動揺した。もっと冷静でいられれば確信されることはなかったのに。ペタにもきっとばれなかったのに。

「それで、お前は死にたいのか?」

どうしたらいいんだろう。誰にも言ったことなかったから、何て言ったらいいのか分からない。確実にばれているのに、これ以上嘘をつくのはいけない気がする。だからと言って、本当のことを言ってペタに見限られてしまったら、それこそ今生きている意味が無くなってしまう。

「そんなことないよ。あれは相手の心を揺さぶる為に動揺したふりをしたの。だって、折角ペタに救われたのに、死にたいなんて失礼でしょう?」

嘘をついた。きっと見抜かれていようとも、私は死にたいと思っていないと言い切ってしまうのがいいと思った。

「そうか」

「うん」

ペタが私に言った、「どうしてほしい」という問いが頭を過ぎる。そこまでばれてしまったら、ペタは離れてしまうだろうか。

「私はこれからすぐにナイトの集まりがある。ファントムは、アオイさえよければ来てもいいと言っていたが、どうする?」

「行かない。ファントムには後で話があるけど、ナイトの集まりなら私は行かない方がいいでしょ」

「どうせラプンツェルはギロムを連れてくるから構わないが……お前が行かないと言うのであれば、無理に連れて行くわけにもいかないな」

何それ。まるで、ついてきてほしいみたいな言い方。そんなこと、あるはずないのに。

「ねえ、ペタ」

「何だ」

「もし私が、ペタに何かを望んだら、その通りしてくれる?」

淡い期待を抱いてしまう。ペタにとって特別はファントムだけだと分かっているのに、自分が特別なんじゃないかと思ってしまうの。自意識過剰と言うやつなのだろうけれど、それでも淡く――けれど確かに、期待してしまう。

「内容にもよるな」

「……そう」

当然のことだ。

「しかし、他ならぬお前の頼みだ。前向きに考えてみようではないか。言ってみろ」

「もしもの話だよ」

「ほう……私は、お前が私に何か望んでいるように見えたんだがな」

気付いているのに気付かないフリをしている人と、気付かれているのに気付かれていないフリをしている人だったら、どっちが悲しいのかな。


2014.11.23

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