雨色 | ナノ
01

薄暗い空の下、まだ小さくて脆弱で無知だった私は、目の前の強さに憧れた。

その強さは、正義とかそういった、世間で言う正しいものではなかったけれど、それでも私はその強さに救われて、生きる意味を見出したのだ。

未だその強さに届かないけれど、自分では出来る限り鍛えて強くなったつもりだった。

強さに憧れたことに後悔なんてしていない。私は私の意志を貫いたままこの世から去れるなら、それはそれで幸せなことだと思う。しいて言うなら、彼と共に消えていけないのが唯一の後悔であり、不満だ。

「好きよ……大好き」

どれくらい振りの涙だろうか。愛しいだけで涙が出るなんて知らなかった。

私は幸せだったのだ。愛されていた。


* * *


それは大粒の雨が勢いよく降り続く日。

どんよりとした空の下、生きていることにさえ苦しさを覚えていた時のこと。

無視をするくせに罵詈雑言を浴びせ、唾を吐き、踏みつけて蹴りつけて殴りつける。まるでストレスを発散するように行われるそれに、涙を流すことすら煩わしくなっていた。

そんな時、一人の男が現れた。

それまで色褪せていた私の世界が一瞬にして色付いたのは、この黒い衣服を纏う人が現れてからだった。

フラッと村にやってきてはうろついて、私を見るなり近寄ってくる。そしてその人は私に名前を問うて、答えを聞くなり更に問いを投げかけた。

――この村を壊滅させてもいいか?

その言葉の意味が、その時の私には一瞬何のことか分からなかったけれど、壊滅と言う言葉に私は思わず頷いた。

その人は男性で、当然私よりも大きくて、髪が長くて綺麗で、酷く冷たい目をしている人だった。私は不思議とその人に嫌悪感も恐怖も抱くことはなく、彼が私に話しかけるのも、村に何かをするのも、拒否する理由はなかった。

気付けば地獄絵図のように、表情を歪め、恐怖に慄き、叫び声を上げる人々が行き交っている。私はそれをただ眺めていて、するべきことを終えたのか黒い衣服の男が再び目の前に現れた時、私は確かに胸の高鳴りを感じた。

色褪せた世界が色付いていく。

冷たいはずの雨がやけに心地良くて、私は男の手を強く握っていた。


私が嫌った村は、半分以上が崩壊していて復旧も難しい状態だった。村人達の大半は遠くへと逃げており、残った人間は殆どが死体。息のある者も、あと少しすれば息絶える者ばかりだった。

弱くて小さい私を虐げていた人間達が、たった一人の人間によって滅ぼされてしまうなんて、酷く馬鹿げていると思うし、弱くて小さい私に縋るような目を向ける人達は、酷くちっぽけで弱々しく見えた。

だからこそ、私はたった一人の人間が一種のヒーローのように見えてしまった。決してヒーローのような風貌をしているわけでもないのだけれど。それでも、私にとって彼は救世主のような、そんな存在だった。

幼くて無知だった私は、息が詰まる程に彼を愛することだって、この時は気付かなかっただろう。

それなのに、胸の高鳴りも頬の熱も全て記憶に刻まれている。

きっと私はこの時から心の奥底で気付かぬうちに感じていたのだ。

私がこの人を愛することも、それが生涯続くことも。死んだとしても例え生まれ変わったとしても、まるで運命のように定めされたものだったのだと。


村人達が私を虐げる理由はただ一つ。

幼いながらに魔力が高く、私の両親共にARM使いだったから。

この村の周辺には、魔力に引き寄せられる獣がいて、あまりにも大きすぎる魔力のある人間は遠ざけてしまう。両親は、その獣から村人達を守ることを条件にこの村に住ませてもらっていたらしい。

らしい、と言うのは、それを私は日記で知ったからだった。そして両親が死んでしまった理由も、日記の内容で何となく分かってしまった。

いつだったか、一度獣を仕留め損ねたことがあった。その時に村人の一人が亡くなっている。それは村長だかの娘だったか孫だったか忘れてしまったけれど、その子の名前が書かれていた。

両親は酷く後悔していたけれど、結果的には一人を犠牲にした後にしっかり仕留めている。しかし村人達にとって、獣への恐怖と元々魔力を有する人間への嫌悪感、仕事を真っ当できなかった両親への不満が募り、次第にそれが拒絶へと変化していき、最終的に殺意になるのにこれ程十分な要素も他にあるはずもなかった。

両親は村人達に殺されたのだ。

大人である両親が村人達の殺意に気付かないわけがない。子供だった私でさえ、村人達の態度の変化は明らかなものに見えたし、彼らの目が冷たく鋭くなっていくのが面白いくらいによく分かった。

私は両親の死体を見た瞬間、この世の人間は全てこの村のような人達ばかりなのかと、信じられる人間はいないのかと、絶望に似た感情を抱いたのを覚えている。

その時から私は村人達から虐げられる日々を送ることになったのだけれど、それも今はもう終わっていて、静かすぎる村が清々しい程綺麗に見えた。


家族が遺したものは、大事にとっておきたかったけれど、黒い衣服の男性はもう二度とこの家に……村に戻ってこないと言う。私は既に彼に着いて行くことを心に決めていたから、持っていくものは必要最低限のものだけにした。

あとは全て燃やしてしまうようだ。

家の外側の壁には傷痕で酷い有様だ。燃やしてしまった方がいいだろうと私も思う。

家の中にあったいくつかのARMと、日記、私の衣類をほんの少しだけ持って外に出た。すると途端に火を放つ。躊躇いもなく、淡々と、まるで事務的な作業をこなすように。

雨の中だと言うのに火がつくのは容易かった。雨が弱まっていて、簡単に家全体が炎に包まれていく。全て燃えてしまうのに時間はかからなかった。

黒い衣服の男性は一言も着いてこいだなんて言わなかったけれど、私を一瞥してから手を差し出してきたから着いていってもいいんだと解釈して、その手を握った。すると一瞬にして目の前の景色が変化する。

色付いた世界は目まぐるしく変化していった。

変わらないと思っていた日々が、生きていくことさえ苦しく思っていた私の世界が終わりを迎えたのだ。

黒い衣服の男性を見てみると、私の方を見ているわけでもなかったけれど、私はその男に愛しさに似た感情を抱いたのは、多分この時が初めてだった。


2014.06.01

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