雨色 | ナノ
33

「こうしておけば大人しくすると思う?」

「こんなの、その場しのぎでしかないよ。でも、アオイの動きは止められた」

本当は何重にも壁を張れるけれど、それをやってもアオイには意味が無いだろう。

「そんなに話を聞きたいの?」

「聞きたい。聞いて、理解したい」

「ダラダラと長ったらしい試合をするのは無駄でしかない。それでも、話を聞きたい?」

「誰に怒られたって構わない!」

はあ、と溜息をついたアオイは、諦めたような表情を浮かべてから私を見る。心底、馬鹿だと思っているように。

「私の両親は、私が住んでいた村人達に殺された。だから人間が嫌いになった。だからチェスの兵隊に入った。だから強くなりたかった。だから今ここで戦っている。以上」

あまりにも淡々と、簡潔に話されて思わず唖然とする。もっと詳しい話を聞けるかと思ったのに、彼女は何があろうと詳しい話をしたくはないようだ。

ただ、村人達に両親が殺されたと言う話だけは、しっかり耳に残った。

「だけど、そんなの私が人を殺す理由にならなければ、世界を壊す理由にはならないよね」

「えっ」

「私が人を殺すのは、両親云々を抜きにしたって私が人間を嫌っているからだ。世界を壊すのは私の目的の一つだからだ。それ以上の理由は無い」

まるで、同情するなと言われているようだった。両親が殺されたところで自分がしていることは悪いことだと分かっている。そう言っているような気がした。

やっぱり、私は彼女と分かり合いたい。アオイを知って、アオイを理解して、アオイに世界は素晴らしいことを教えてあげたい。

「これで満足? だったらさっさと試合を再開させましょう」

ガンッ! と音がしたかと思えば、氷の壁が外側に倒れていく。ドシンッ!! と大きな音が響いたら、出口を作り出したアオイが脚を下ろす動作をしていた。

「蹴りだけで倒した!?」

「どんなに枚数を増やしても、ここが氷のステージじゃない以上、それは脆い」

アオイから溢れる魔力が底知れなくて、全身に悪寒が走った。距離を取ってARMを取り出す。フローズを出せば、せめて地面を凍らせることができるはずだ。

「あなたが持っているガーディアンは、今まで出てきたものなら全て覚えている。させない」

突然球体が飛んできて、フローズのARMが弾き飛ばされた。球体はアオイの方へ戻っていき、見てみればロッドに鎖がついていて、その先に先程の球体がついていた。

「白い、ロッドと鎖と球体……」

チラリと見えた、ロッド部分に埋め込まれたそれを見て納得する。つまり、あのランスを変形させたのだ。

「マジックストーン……」

「これは私が持っていたマジックストーンを、自分で石入れしたもので、あんまり使い勝手はよくないんだけれど、初めて使えるって思ったわ」

ああ、どうしよう。フローズのARMを取りに行く隙はないし、ジャックフロストは氷のステージのように寒いところじゃないと発動できない。できたとしても最大限に活かせない。

「使えばいいんじゃない? あなたも貰ったんでしょう? 新しいARMを」

冷静になれないから使わない方がいいと思っていた。ガーディアンを使いこなすには魔力と精神力が必要不可欠だ。そのガーディアンが強力であればある程。

「それとも、もう諦める?」

「諦めない!」

落ち着け、落ち着け、落ち着け!! 動きを止めるだけでいい。

「ヘイルブリザード!!」

「ネイチャーか」

相手の視界を遮る。小さなダメージも与えられたら尚良い。

「私、今もあなたのこと嫌いよ。正義面して、だけど悪いところは見えていないから」

避けない!?

「私のことを理解したいと言っておきながらも、私の話に出てきた村人達のことを聞いてどう思った? そんなまさかって思ったでしょう?」

全く避けない。顔やローブが傷付いていくのも気にせずに話を続けている。

「あなたは相当この世界を好きみたいだけれど、それを私に伝えたいなら、この世界の悪いところも知っておかなきゃダメだよ。そうじゃないと、私はこの世界を好きにはなれない」

ふと、嫌な考えが頭に浮かんだ。気のせいであればいいと思いながら、彼女のやけに辛そうな表情のせいで私の考えが事実なのではないかと思えてしまう。

「アオイ……もしかして、死にたいの?」

思わず呟けば、酷く驚いたように目を見開いた。

「どう、して……?」

「だって、そう思っているようにしか見えない。人間を嫌い、世界を嫌い、人を殺して世界を壊して、それでも満たされなかったんでしょう? いけないことだって分かっているから」

「違う……」

「それでも人を殺して、世界を壊して、チェスの兵隊にいるのは、罪を背負うことで殺されたいから」

「違う!!」

動揺が見えた。あんなに余裕そうだったアオイが、ここまで動揺するとは思わなかったけれど、今ならいける。

「嫌いだから!! 私が人を殺すのも、壊すのも、全部嫌いだからだ!! 分かった気になるな!!」

魔力を練り上げる。修行のおかげで魔力の量も増えたし、問題ないはずだ。

「ガーディアンARM――ローレライ!」

一枚の布を頭から被った女の精が現れる。長い髪が特徴的で、綺麗な目が私を捉えた。

「ローレライ……」

先程まで動揺していたアオイが、再び驚いたような表情を浮かべる。その声にローレライは私からアオイに視線を移した。

「ローレライ、お願い。あの子の動きを止めて!」

口を開いたローレライは歌を放つ。私には美しく聞こえるその歌は、アオイには苦痛にしかならないのだろう。表情を歪めて耳を塞いでいた。

「ローレライ……水のガーディアン。歌はあくまで補助的なもので、本来の攻撃方法は水を操る……」

「なっ……」

ローレライの歌の中、アオイの声が聞こえる。その言葉はカルデアで説明されたそれと同じで、今度は私が動揺してしまった。


2014.11.16

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