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圧倒的実力差と言うものを、私は体験したことがなかった。
いつも戦う時は無我夢中で、もしかしたら気付かなかっただけなのかもしれないけれど、自身が戦った中で相手が強過ぎて心が折れそうになることはなかった。
それは、私自身が唯一自信を持てることだったし、これからもそうでありたいと思っていたのだ。
「ラプンツェルを倒した実力は認めるけど、それまでだったな……」
私は今、人生初めて、心が折れる音を聞いた気がする。
* * *
カルデアで貰ったARMを使ったスノウはエモキスに勝利し、同じくARMを貰ったはずのアルヴィスは使用せずに勝利した。
アルヴィスはジャックもナイトと戦うべきだと言っていたから、私の相手は必然的に、最後のビショップとなる。目深にローブのフードを被った、男か女かも分からない人物だ。
「チェスの兵隊、アオイ!!」
相手が前に出てきたから、アルヴィスと入れ替わるように私が前に出る。
「メル、ユーリ!!」
ビショップと言えど、ファントムは半端なビショップは出さないと言っていた。ポズンによればスノウと戦ったエモキスと、アルヴィスと戦ったハメルンがビショップ三人衆の二人だと言っていたから、このビショップがどれ程の実力か分からない。でも、三人衆ではないからと言って油断はできない。
「試合、開始!!」
ただ気になるのは、前にも感じたことのある気配を感じることだ。
「ウェポンARM――ホワイトランス!」
相手が先にARMを発動した。動き難そうなローブを着たまま、目深にフードを被ったまま、名前の通り真っ白なそれの鋭い刃をこちらに向けて切りかかる。
「氷の壁!!」
相手は違っても前にも砂漠地帯でバトルをした。その時は魔力が足りなくて、硬度の足りない氷の壁を出したけれど、あの時の私と今の私は違う!
完全に相手のランスを受け止めた――はずだった。
「えっ」
氷が切られる音がして、崩れていく音がして、それに驚いた私は反応が遅れて頬に切り傷を作る。下手したら目をやられていたかもしれない。相手は本気で私を殺そうとしている。
「その程度の氷で防げると思った?」
一気に相手との距離を取ると、その場に強い風が吹いてくる。私にとっては追い風、相手にとっては向かい風。風に煽られて、相手のフードが外れた時、見覚えのある顔に固まってしまった。
「あーあ。ずっと顔隠していようと思っていたのに……ステージ運ないな……」
以前、偶然出会ったチェスの兵隊だ。あれから少し気になっていた、随分と世界を――人間を嫌っていた女の子。
「まさかあなたと戦うことになるとは思わなかった。つくづく私は運がない。そういえば、人間の嫌なところ、一つでも見つけた?」
酷く冷たい目をした、酷く冷たい声をした、そんな女の子。
一度深呼吸をする。落ち着け。最初から彼女は敵だった。倒すべきチェスの兵隊だったのだ。
「もう一度会ったら、聞きたいと思っていたことがある」
でも、私はどうしたって、余計なことを言ってしまうらしい。
「どうしてそんなに、世界を嫌うの?」
私が問えば、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。目を真ん丸にして、瞬きをして、小首を傾げる。それに思わず脱力してしまいそうになった。
「えっ、世界が嫌いなんじゃないの?」
「誰がそんなこと言ったの?」
「だ、だって、この間そんな話をしていたじゃない!」
「私はその時、人間の話をしていたはずだ。世界の話は全くしていない。私が嫌いなのは――人間だよ」
ゾクッとした。細められた目は先程の比ではないくらい冷たくて、心の底から嫌っているようだった。
「じゃあ、どうしてそんなに人間を嫌うの……?」
「あなたには関係のないことでしょう? それより、試合を再開しましょう。早いところ私が勝って終わらせたい」
もう一度ランスを振るう。私目掛けて切りかかってくる。それをこちらもウェポンARMを発動して防げば、武器同士がぶつかり合う音が響いた。
「初めて会った時から気になってた……あまりにもこの世を嫌っているようで、どうしてそんなに嫌うのか気になって仕方なかった」
「なに? 告白?」
「その後ファントムが出てきて、もしかしたらマインドコントロールでも受けているのかなって思ったの。でも、もう会うことはないって思っていたから……」
彼女が離れていく。少し表情を歪めていた。
「多分私は、あなたと分かり合いたいって思ってる」
「馬鹿じゃないの。私は世界を壊そうとしている。そちらは守ろうとしている。どう足掻いても、分かり合うことなんてできるはずないじゃない」
「その為に私はあなたのことが知りたい!!」
「本当に、馬鹿じゃないの」
彼女――アオイがランスをしまった。そして手を前にかざす。
「ドロップ」
手首につけられたブレスレットが光だし、気付けば目の前に大きな水の玉が浮かんでいた。それが弾かれ、私に向かってくる。躱せば水玉は弾けて消えた。
「バブル!」
続けて大量の泡が襲い来る。視界が遮られて迂闊に動けない。
「氷の壁!」
壁を張って防げば、泡は消えていく。漸く視界が晴れてアオイの姿を確認しようとすれば、その姿はなかった。思わず周りを確認するが見当たらない。
「高すぎる壁と言うのも、問題なんじゃないの?」
上から降ってきた声に見上げれば、私が作り出した氷の壁の天辺に乗り上げていた。飛び降りてくるアオイと距離を取りつつ後退すれば、彼女は着地と同時に別のARMを発動した。
「スノーストーム!」
猛吹雪に襲われる。氷使いの私でさえ、寒さを感じてしまう程にそれは冷たくて、その勢いに自分の意思とは関係なく後退させられる。
「氷の壁!!」
「そういえば何枚も出せるんだっけ。囲われるとは思わなかったわ」
2014.11.13
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