雨色 | ナノ
30

「どうだい? 自分の故郷が襲われるっていうのは」

「そこにアオイはいないし、別に何も思わない。元より、カルデアの掟とか私はあまりよく思っていなかったし」

「そう言うと思っていたよ」

随分と前から彼――ファントムのことは知っているつもりだけれど、未だに彼の笑みの意味を知らない。よく考えれば、ここ六年間はずっと眠っていたから、彼のことをよく知らないのも無理はないのかもしれないけれど。

「明日のウォーゲーム、どんなステージだろうとどの人数だろうとアオイが出るよ」

「やっと、ね。もっと早く出しておけば怪我もせず相手を倒せたというのに」

思わず溜息も出るというもの。メルはあんなにも成長してしまっているのだから、アオイが無傷で帰ってこられるか分からないのに。

「僕はね、アオイはもっと上の階級でもいいと思っているんだ」

「つまり、ナイトでもいいと?」

「実力はかなりあると思うし、試合の流れ次第ならロランにも勝てるかもしれない。でも、彼女はそれを望まないだろうね」

私は今まで、アオイの成長を見てきたけれど、確かにあの子は強さを求めながらももっと別の何かを求めているように思える。求めているというか、目的というか。

何か嫌なことを考えていなければいいんだけれど……。

「アオイは、ペタと同等になりたいとは思っていないんだ」

「それは……」

「あくまで自分は強くなりつつも、ペタのサポートとしてある程度の力しか必要ないと思っている。強くなりたいのは、肉体的にではなく精神的なものだろう。それでもその力は隠しきれない。下手に学んでしまったから、下手に鍛えてしまったから」

もう随分と長い間、彼と一緒にいる気がするけれど、やっぱり彼のこういった遠回しに物事を話すのは理解しがたい。意味が分からない。

「アザミは、今の自分と今のアオイ、どちらが強いと思う?」

「アオイでしょうね。私はウォーゲームが始まってから鍛えていないし、何より力を欲していないから」

「なるほど。でも僕は、アザミの方が強いと思うよ」

「どうして?」

現在進行形で鍛えているのはアオイの方なのに。

「そうだなあ……君たちは、うまいこと能力を分けて生まれてきたってことかな」

「双子ならまだしも、歳の離れている姉妹じゃあそれはないわよ」

それに、ファントムにそんなこと言われたくない。生まれた瞬間に立ち会ったわけでも、私の幼少期を知っているわけでもないのに、自信満々に言うところがムカつく。

「だってほら、アザミは料理苦手だろう?」

「確かに私は料理が苦手だし、アオイは得意だけれど、それとこれとでは話が違うでしょ」

「同じだよ」

結局、大事なことを言わないところもムカつく。


ファントムは絶対、アオイについて何か知っている。あの子が求めること――否、望んでいることを。それを私に教えないのは、私にとって都合が悪いことか、或いはファントムにとって都合が悪いことか……どちらにせよ、知っているのに教えないのは狡いと思う。

本当は、私が一番に気付いて、一番に理解してあげたいのに。いつだってアオイの傍にいるのは私じゃなくて、ファントム達だ。キャンディスに至っては姉ポジションを奪い取るつもりでいるような気さえしてくる。気のせいであればいいんだけれど。

というか、アオイと仲の良いチェスの兵隊は全員家族的ポジションを狙っているようにしか見えない。

「大丈夫よ。何があっても、アオイの姉はアザミ――あなたでしょう?」

「そうだけど……それでも、アオイはどんどん私から離れていく気がするの」

長い間姿を見せず、影から見守っていただけの私と、何かと気にかけていたファントム達とでは明らかに後者が勝っている。血の繋がりがあったとしても、アオイにとっての優先順位が血の繋がりでなければ意味はないのだ。

それに、久しぶりに顔を合わせ、話をした限りでは、アオイは私に興味を抱いている素ぶりはなかった。きっと戸惑っていたのだろう。けれど、恐らく、あの子は私のことをどうでもいいと思っている。

姉としてだとか、家族だからとか、そういったもの全部無くしたって私はアオイのことが大好きだけれど、それでもアオイにとっては違えば私の感情は一方通行に過ぎない。

「今でも鮮明に思い出せる。あの子が満面の笑みを私に向けてくれた時のことを。いつだって生きることを楽しんでいたあの子が、今はまるで、生きていくのが嫌みたいな感じ」

「そんなことないわ。もしそうだとしたら、アザミが助けてしまえばいいのよ」

「ディアナ……」

「だってあなたは、アオイのお姉ちゃんなのでしょう?」

いつだってディアナは私の欲しい言葉をくれる。大丈夫だと優しく微笑んでくれる。まるで本当の姉のように、穏やかな声で名前を呼んでくれる。

私もこうなりたかった。大切で、大好きな妹に優しく声をかけてあげられるような、いつだって笑顔でいさせてあげられるような……そんな姉になりたかった。

私の頭を撫でる手が優しくて、思わず目を閉じてしまう。そのまま深い眠りについてしまいそうな程、この空間はとても心地良くて、姉としても人間としてもダメになってしまいそうだ。

「ファントムの言うことに振り回されないで。あなたはあなたの思うままにいればいい。アザミは自由でいるのが一番輝いているわ」

「それは言い過ぎだよ」

「いいえ。カルデアにいた頃からそうだった。自由に動いて、自由に話すアザミはいつも明るくて、元気を分けてもらったわ」

いつだって助けてもらったのはこっちなのに。

「私に妹が出来てからは、本当の妹のように可愛がってくれたわね。嬉しかったのよ」

「ディアナだって、今はアオイを妹のように可愛がってくれているじゃない」

「そう思う?」

「え?」

ディアナは小さく笑って、その後は何も言わなかった。

ああ、あなたもそんな風に笑っているだけなのね。そう思いながら、結局何も聞けないのが私だった。


2014.11.05

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