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「ファントムは?」
「今はクイーンのところだ」
「それじゃあまた待たなくちゃいけないか……」
帰ってきたらしいから聞きたいことがいくつかあるのだけれど、いつもタイミングが悪い……もしかして私が悪いのだろうか。そりゃあ、空気が読めるかと言えば、胸を張って読めるとは言えないけれど。それにしたってタイミングが悪い。
「アオイ、ファントムからの伝言だ」
「え?」
「次のウォーゲーム、お前もでていいと言っていた」
私が言いたかったこと、そして欲しかった答えの一つが、こうもあっさり得られるとは思わなかった。聞きたいことはまだあるけれど、今はこれで充分。
「次のステージや人数ってまだ決まってないんでしょう?」
「その辺はうまくやれるだろう。最も、お前が出る気であればの話だがな」
「出る」
「即答、か」
ペタが口角を上げる。予想通りと言ったところだろう。ファントムが出かける前から話があると言っていたのだから、ここで出ないと言う方がおかしい。
「メルはナイトを倒すくらいにはなっている。それでも出るか?」
「中途半端な力よりはずっといい」
「せいぜい頑張るんだな」
ペタに伝言を頼んでいたところを見ると、ファントムは今日私と会うつもりは無いのだろう。聞きたいことは明日のウォーゲームが終わった後に聞くとして、どうして私はペタの手伝いをさせられているのだろうか。
「人手が足りなくてな」
「チェスの兵隊なんて皆好き勝手やっているのだから、そもそもこんなことする人自体いないでしょう」
ファントムと共にカルデアに行き、傷を負ってきた人達の整理とは……ペタは相も変わらず忙しそうだ。
「お前くらいなものだ。私の手伝いをするのは」
ペタと二人でいる時、私は自分の生きている意味が分からなくなる。そしていつも結論は、ペタがいるからということになる。自問自答ばかりを繰り返し、分からない問題を分かった気になって、そのままだ。
「まあ、使えるのもお前くらいだがな」
例えばの話をする。ペタが私を必要としてくれているとして、ペタが私を求めてくれているとして、それを実感できない私はやはり必要とする程の人間ではないように思えてしまう。
人の気持ちは言葉にしなければ伝わらない。言葉にしたって伝わらないこともあるのだ。言葉にしなければもっと伝わらないだろう。だから私は、ペタが必要だと言うまで、必要とされているようには思えないのだ。
では、本当に必要とされていなかった場合。私はここにいる意味も、生きている意味も失って、ただ無様に死んでいくのだろう。
「アザミに会ったそうだな」
「どうして……」
「本人に聞いた。あいつは割と自由に動き回っているからな」
それは知らなかった。どうして今まで会わなかったのか不思議だ。
「どうだった? もういないと思っていた姉に会って、懐かしかったか、嬉しかったか、それとももっと別の感情を抱いたか……」
確かに懐かしかった。大好きな姉だったし、もう死んでいるだろうと思っていたから。けれど、今になっても思う。嬉しくもなければ悲しくもなく、怒りもない。だから私は、どうして姉があんなに嬉しそうに、それでいて切ない表情を浮かべたのか分からない。
だって姉は、その辺について全くもって、何も言わなかったから。
「戸惑った」
ペタは私の一言を聞いて、「そうか」とだけ返した。
「お前は、基本的に人の感情に興味が無いからな」
「は?」
「アザミは酷く嬉しそうな顔をしただろう。それでいて切ない表情を浮かべていたはずだ」
どうして分かるのだろう。見ていたわけでもあるまいし。ファントムもペタも既に姉とは面識があるみたいだけれど、それでも言い当てるなんておかしい。
まさかペタは姉のことが気になっているんじゃないだろうか……。
「アオイはその意味が分からないだろう」
どうして分かるの。
「それはお前が、一人で生きて一人で死ぬことを選んだからだ」
まるで見透かされているよう……いや、実際に見透かされているのだろう。そりゃあ、長いこと一緒にいるけれど、それでもこんな的確に分かるものなのだろうか。私は全くもって、ペタのことなんて分からないのに。
「人の感情は口にしなければ伝わらぬ。だからアオイの考えは私には分からないし、理解もできないだろう。でもお前は、人の感情が理解できないから、口にしてくれるのを待っている。自分は決して口にしないのに」
「そ、それは……言う必要がないからで、」
「それなら私も、他の誰もそういうことになるな」
キャンディスの感情は知った気になっていた。アッシュの気持ちなんて一番分かるようできっと理解できていない。一番近い存在のロランは近過ぎて分からない。ファントムなんて、一番理解できない。
そんなの、皆が言わないからだと思っていたし、言わないのに理解しろだなんて無理な話だと思っていた。
私は、理解してほしいと思ったことはないし、言う必要はないと思っていたから。だから、皆もそうだったと言うの?
「まあ、チェスの兵隊は人の感情など関係ない連中ばかりだ。お前だけではない。しかし、言わなきゃ分からないと思うくらいならお前から言うべきだと、私は思う」
どうして、分かってしまうの。私なんて、ペタのこと全く分からないのに。
人を好きになるのか、どうしてファントムに付き従うのか、いつ寝ているのか、食事はちゃんとしているのか、私のことどう思っているのか、全く分からないのに。
「お前は、私にどうしてほしいんだ?」
ドクンッ、と心臓が跳ねた。そのまま鼓動を止めてしまうんじゃないかと思うくらい大きく跳ねたものだから、一瞬呼吸を忘れてしまった。
「その辺も言われなければ分からない。お前と同じで」
「どうしてほしいって……そんなの……」
声が震える。まだ大丈夫だ。だって分からないって言っているし、ばれていない。でも、どうして、“何かしてほしい”なんて分かってしまったのだろう。誰にも言ったことは無いし、それを表に出したつもりは無い。それとも私は、自分が思うより顔に出やすいのだろうか。
「私を、強くしてほしいって思ってる」
誤魔化した。苦し紛れの嘘じゃない嘘。
2014.11.02
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